【REBIRTHDAY】 # 6
| 鼓膜を揺るがす大音量の音楽。 視界の中を人の足が忙しなく横切る。革靴。ハイヒール。サンダル。スニーカー。 銀次は、視線を床に落としたまま所在無く座っていた。 ここはどこだろう? あの後、日の落ちるまで当て所なく街をさまよい、終に疲れ果てて道端に座り込んでいたら、2人組の女の子に声をかけられた。 引き摺られるようにしてこの店に連れて来られたが、彼女たちの姿は随分前から見あたらない。 疲労と倦怠感が銀次に重く圧し掛かる。 戦ってもいないのにこれ程までに疲れを感じたことは、今までにないことだった。 手も足も無傷だ。鳩尾あたりに引きつる様な感覚があるが、ただそれだけだ。内臓にも損傷はない。 無意識に自分の身体をチェックする。 そんな自分に気付いて、銀次は可笑しくなった。 ここでは、無限城の外では、一々そんなことを気にする必要もないのに…。 無限城では自分の受けた損傷を的確に把握し、回復までに要する時間を計算することが必要だった。 最悪、脚がもげても再生することは可能だったが、時間のLOSSは命のLOSSだった。 銀次が前線に立てない間に誰かが死ぬ。 しかし、銀次が死ねば皆が死ぬから、銀次は傷を癒してまた戦わねばならない。その連鎖の繰り返しだった。 誰かの命を代償に、オレの身体は再生する…。望むと望まざるとに関わらず。 数々の犠牲の上に成り立つこの身体は、屍肉をあさる悪鬼とどこが違うのだろう。 「独りで来たの?」 暗く自嘲していると、突然横からかけられた声に意識が引き戻された。 驚いて振り返ってみれば、見知らぬ若い男がグラスを手にこちらを覗き込んでいる。 「はい」 差し出されたグラスを反射的に受け取ってしまう。 「あんた、目立つよね」 「え?」 どきりとする。雷帝の名はこの街に轟いていたとしても、顔はわれていないはずだった。 「その髪とか、目とかさ。ちょっと違うし」 うろたえる銀次に気付かないのか、男は悪びれる様子もなく言った。 実際、銀次は目立つ。外見だけでなく、その存在が異質だからだ。 どこか浮世離れした、周囲と混じらない硬質な存在感。 銀次が店に足を踏み入れた時から、客だけでなく従業員たちの注目を集めていたことを、本人は気付いていなかった。 そして隣で馴れ馴れしく話しかける男の思惑にも。 オレって、変なのかな……? 口の中に厭な乾きを感じた。 大勢の人間の中に紛れてしまえば自分など埋没すると思っていた銀次は、漠然とした不安が押し寄せてきてグラスを一気に煽った。 中身は酒だった。喉を冷たい刺激が通り過ぎてゆく。 「イイ呑みっぷりじゃん」 男が囃し立てて、次々とグラスを差し出してくる。 銀次は不安を流し去るようにそられを飲み干してゆく。 霞掛かる意識。 足元がぐにゃりと揺れる。 周りから上がる歓声が次第に遠のいていった。 「お前の中身、見せてみな」 しまったと思った時には遅かった。 突如眼前に飛び込んできた男は、常人を超えた力を持つ手で雷帝の首を捕らえた。 へし折られるかと思ったが、彼は口端をゆるりと持ち上げて凄惨な笑みを浮かべると、そう言った。 男の紫紺の瞳孔が縦に開くのを見たと同時に、 ――――――手が、 男のその右手が、 額を割って頭の中に直接捻り込まれて来る。 瞬間。 物凄い嘔吐感がこみ上げてきた。 そして耳鳴り。 脳を無理矢理こじ開けられて、その中身をぶちまけられる。 皮膚の内側を何かがずるりと蠢いて、食い荒らしてゆく。 ここどこ?無限城。ムゲンジョウ?おかあさん。この悪魔!苦しいよぅ。 てしみね。助けて、てしみね。早く逃げなきゃ。殺されちゃう。死んじゃう。死んじゃうよ。 痛いよ。苦しいよ。怖いよ。怖い怖い怖い怖い怖い!!!!! オレが守ってあげるから。銀次君。雷帝。我らが雷帝。助けて雷帝。 動かない小さな身体。軽い身体。冷たい身体。龍華。可愛い龍華。 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!! もう逢えない。ああ、人の腕が。頭が。跡形もなく。何も残らず。 焼け野原。崩れるビル。雷。天の光。焼き尽くす。何もかも。 天子峰。捨てるの?また捨てられるの?置いていくの?苦しい。助けて。裏切り者! 絶望。期待する目。何をオレに求める?銀次さん。銀次。雷帝。雷帝雷帝雷帝雷帝雷帝雷帝。 煩い!!消えろ何もかも。キエロ―――――――――――――!! このバケモノ!バケモノバケモノバケモノ!!!誰が? お前なんか死んでしまえ! ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ――――――――!!!!! た す け て ああ、雨が降っている。 寒い。 ここは寂しいよ。 「ユメは見れたかよ」 重い瞼を開くと、覗き込む男の顔があった。 その蒼く光る目に、自分が映っている。 なんて綺麗な瞳なのだろう。 まるで凍る星のような蒼だ。 裸に剥かれた心。 憎悪も、悲しみも、全てが剥がれ落ちて、生まれたばかりの赤子が初めてその目に映したように、世界が新しい。 「お前、名前は?」 「…………ぎ、んじ。あま…の、ぎん、じ」 「お前の負けだ。天野銀次」 目を合わせて告げられた、優しく抱きとめる声音。 その声に呼ばれて、オレの奥底で何かが息を吹き返した。 そして、なぜ彼がオレの名前を尋ねたのか唐突に理解した。 彼はその瞳で、オレの中の何かを見つけ、それを自分の痛みとして受け止めたのだ。 深く深く眠っていた心の一欠けらが、ゆっくりと目を覚ます。 落ちそうになる意識を必死で繋ぎとめる。 身体の中心から、泣きたくなるような想いが濁流となって溢れでてきた。 その流れに押されて言うことをきかないだるい腕をなんとか持ち上げると、蒼い目の男の頬に触れた。 首にかけられた男の手に力がこもる。 霞む視界。 何とか言葉を紡ごうとするけれど、喉が焼きつくように痛い。 言わなきゃ。 永く深い眠りからやっと覚めた今。 今、言わなきゃ。 足掻きも虚しく、銀次は暗闇に飲み込まれていった。 |
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