【REBIRTHDAY】 # 8
| 雨は夜半過ぎに降り出した。 けばけばしく光るネオンが雨に滲む。道路に溜まった埃やゴミがこの雨に流されて、朝には多少綺麗になっているだろうか。 歌舞伎町の店の大半はもうすぐ閉店時間を迎える。 人通りはまばらで、客引きも殆どいない。街の華やぎはまだ失われていなかったが、しかしそれも間もなく飛散してゆく。やがて白々しい隙間が路地のあちこちに生まれて、この街は短い眠りにつくのだ。 アパートに帰るとまたあの男が待っていそうで、結局サチコの部屋に居座った蛮は、閉店間際に顔だけ出しに行くと言う彼女に付き添って通りを歩いていた。 こんな時間にここを歩くのは久しぶりだった。 かつてはこの街の飲食店でボーイをして稼いでいたこともあった。給料以外に客からチップが貰えたし、チップを吊り上げる術を蛮はよく心得ていた。 住人としてここに戻る気はないが、この街の猥雑な雰囲気は裏家業の自分とやはり馴染むと蛮は思う。 「あら?」 サチコが何かを見つけて声を上げた。 「あ?」 「あの男…」 指差す先には、酔っ払いだろうか、正体をなくした人間を肩に担いで歩く男の姿があった。 「アイツ、この頃派手に動いてて評判が悪いの。沢山の手下とつるんで…」 この街の住人であっても、営業許可が下りている店で普通に働く彼女にとって、一線を越えたような輩はやはり嫌悪と恐怖の対象だ。 「無限城のジャンクキッズにとって代わるとか吹いてるらしいわ」 無限城……今一番聞きたくない言葉だ。蛮は舌打ちした。 「噂ではかなりヤバイことしてるみたい」 例えばコロシ、とか…。 噂だけど、とサチコは言うが彼女たちの情報は当たらずとも遠からずであることが多い。 何とはなしに聞いていたその時、引き摺られている酔っ払いの顔がネオンに浮かんだ。 ――――――――雷帝?! はっきりとは見えなかったが、あの顔立ち、あの服装。何よりも一見して染め抜いたものではないとわかる、鮮やかな金の髪。 しかし、随分と足取りが覚束ない。 そして蛮を圧倒したあの闘気も殺気も全く感じられない。 「……あの馬鹿っ」 思わず毒づいた。 「どうしたの、蛮くん?」 「いや……」 俺はあいつと関わりたくないんだ。 冗談じゃねー、あんなお荷物野郎。 「あんたに逢いたくて無限城をでてきたんだ」 …………………。 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!! 畜生!! 「焼きソバ美味かったぜ。また今度な!」 男が角を曲がって視界から消えると同時に、蛮は持っていた傘をサチコに押し付けて走り出した。 背後でサチコが何か叫ぶが蛮の耳には届かない。 クソ!!俺もヤキが回ったか?! 雨でけぶる視界に苛立ちながら、今度は自分に毒づいた。 11月の雨は身を切るような冷たさだ。 顔を打つ細かい雨粒に眉を顰めて、蛮はビル裏の狭い路地に飛び込んだ。 仄暗く据えた臭気の漂うその先で、数人の男たちが雷帝を囲んでいるのが見えた。 雷帝は力なく地面に座り込み、手で口元を覆っているようだった。 「おい!」 蛮の声に男たちは弾かれたように振り向くと、突然の乱入者に身構える。 「そいつを放しな」 「なんだぁ?テメー」 「お前らの手に負える相手じゃねぇだろ。いいから、そいつをこっちによこしな」 いきなり現れて獲物を渡せという不遜な蛮の物言いに、男たちが一斉に気色張む。 手にナイフを構えた2、3人の男が前に進み出て立ちはだかると、その後ろでは噂の男が雷帝を引き摺って連れ去ろうとした。 焦った蛮は思わず怒鳴った。 「おい、雷帝!起きろ、この馬鹿!!」 「雷帝?!」 しまった!! てっきり雷帝狙いなのかと思えば、知らなかったのか、コイツら。 蛮はあまりの自分の迂闊さに舌打ちした。 できるだけ騒ぎは起こしたくないのに、自らわざわざ墓穴を掘った。なんというマヌケなザマだ。 一方、男たちは突如飛び出した思わぬ大物の名前に驚いて、蹲る雷帝を振り返る。 何か変なクスリでも打たれたのだろうか、ぐったりとした様子の雷帝はそんな男たちの視線には気付かずに、ただ小さく呻いた。 「…………へぇ。コイツやけに目立つと思ったら、あの『雷帝』だったのかぁ」 雷帝の肩を抱きかかえるように掴んだまま、男が厭な笑いを浮かべて言った。網にかかったのが予想外の大物とわかり、瞬時に何か姦計を巡らしたのかニタリと哂う。 ……胸クソわりぃ男だぜ。 鼻が利くうえに計算高い男なのだろう。その小賢しさが蛮の神経を逆なでる。 「そうと聞いたら余計に渡せねぇなぁ」 男は舌なめずりをしながら、雷帝の肩に掛けていた手を滑らすと、そのまま無防備な雷帝の首筋から頬にかけてわざと嫌らしい手つきで撫で上げた。 すると蛮に見せ付けるように、その耳朶に噛み付いたのだ。 蛮の頭にカッと血がのぼる。 そして、言いようのないどす黒い感情が沸いてきた。 「ざけんなぁ!!」 汚い手でそいつに触るな!! 蛮は怒りの衝動で蛇の宿った右手を雨に濡れた路面に振り下ろした。 耳を劈く破壊音とともに地面が大きく陥没する。衝撃で無数のアスファルトの破片が辺りに飛び散った。 「ヒィ!」 目の当たりにしたその人外の力に、男たちは一瞬にして青ざめ悲鳴をあげた。 周囲に凄まじい蛮の殺気が満ちる。 ―――――――――声がする。 誰かが、オレを呼んでいる? 「そいつを置いて消えな」 底冷えするような蛮の声が、蛇の如く地を這う。 蛮が一歩二歩と歩み出ると、男たちはじりじりと後ずさった。 起きなきゃ。 でも、もう起きたくないな。 また、闘うのかな。 「テメーら何してんだ。あんなヤツ一人殺れねぇのかぁ?!」 男が怒鳴るも、蛮の殺気に怖気づいた男たちは脂汗を浮かべて首を振る。踏み出たらその瞬間あのバケモノじみた力に跡形もなく叩き潰されるだろう。そんなのはごめんだ。 男たちは蹲る雷帝よりも後ろに下がった途端、示し合わせたように一斉に背を向けると情けない悲鳴をあげながら駆け出した。 寒いな。 ……冷たい雨が降っているよ。 残ったのは腕に雷帝を抱える男と、今にも喰い殺しそうな目をした蛮だけだった。 「畜生!!あの腰抜けどもぉ!!」 一気に追い込まれ、逆上した男が片手で腰からナイフを抜いた。 それを頭上に振り上げる。 「ヤメロォ!!」 その狙いの先には、上向いて仰け反った雷帝の喉。 「死ね!雷帝ー!!」 眠っていたい。 このまま、ずっと深く、眠ってしまいたいのに……。 止むことを知らない雨は、相変わらずその路地裏に降り続いていた。 高く掲げられた刃の先から、雨の雫が落ちる。 深夜の冷気に駆け出した蛮の息が白く濁った。 振り下ろされる凶器。 まるでスローモーションのように、その動きが全てはっきりと見て取れた。 鋭く光る刃の先は、夜目にも白い首。 かつて自分がこの手をかけた、その首に――――――。 間に合わない!! あの時、首にかけた手に、最後の力を込めなかったのは、 ――――――――もう一度逢いたいと思ったからだ。 「銀次ぃ――――――――――!!!!」 ………………………………蛮。 その時、地を揺るがす轟音が轟き、天から光の矢が落ちた。 |
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