【The world is not enough】


「お弁当と〜、おにぎり〜、そしてパ〜ン〜♪」
小さなテーブルの上にたった今買ってきた2人分の夕食を並べながら、調子外れに歌う銀次の声が聞こえてくる。
一応台所らしきものがついているのだし、本当は作った方が経済的にも良いけれど、面倒くさがり屋の蛮と不器用な銀次だから、どうしても簡単なもので済ませてしまっていた。
実は入居した当初、
「折角だからご飯作るね」
なんて、料理に挑戦した銀次が危うく小火を起こしかけ、
「火事を起こすよりはコンビニで買ってきた方がよっぽど安全だし、金も掛からなくて済む!」
と、蛮が必死になって火を消しながら怒鳴った、という経緯があったりもする。
「ほれ、茶」
せめてこれくらいは活用するかと、台所で湯を沸かしていた蛮は、緑茶を淹れたマグカップを持って居間兼寝室へ戻った。とはいえ、カップにはティーパックが入ったままなのだが。
「いただきます!」
自分の前にもマグカップが置かれ、蛮が腰を下ろすのを合図に、銀次が手を合わせた。
暫く他愛無いことを喋りながら(基本的には銀次が勝手に喋る)遅い食事をしていたが、ふと蛮はテーブル上のそれに気づいて、
「お前、このごろいっつもそれ買ってくるよな」
箸を銜えたまま、顎で菓子パンを指した。
その言葉に、既に弁当を食べ終えておにぎりに手を伸ばそうとしていた銀次が、ピクリと顔を跳ね上げた。
そしてニンマリと笑う。
「……な、なんだよ」
「あのね〜。えへへへ」
「気持ちワリーな、何だよ」
突如にやついてモジモジしだす銀次に、奇妙な生き物を目にしたように蛮は眉根を寄せた。
「実は……、じゃーん!」
もったいぶって背中に隠し、声と同時に銀次が取り出したもの。それは一枚の懸賞ハガキだった。
「パンについてるシールを集めて送ると、『毎月100名様に帝国ホテルの特製ケーキをプレゼント!』なのです!!」
「ビンボーくせぇっ!!!!」
裏新宿にその名を轟かすゲットバッカーズなのにっ!
この上ない疲労感に襲われて、思わず蛮はテーブルに突っ伏した。箸を握りしめた手が震えている。
かつて無限城の雷帝と死闘を繰り広げた時ですら、これ程の疲労は感じなかった。疲労感に加え、物凄い虚脱感ものしかかってくる。
「何でー?!ケーキだよ。しかも帝国ホテルだよ!特製なんだよ!」
「お前、帝国ホテルが何なのか知ってるのかよ……」
「えっとね。外国の王様とか偉いヒトが泊まるんだって」
波児が言ってたよ、と知る人ぞ知るゲットバッカーズの片割れは無邪気に笑った。
まぁ間違ってはいないけどな…思いながらも、蛮はアホらしくなって弁当に視線を戻した。アホの銀次よりも、今はこんがりキツネ色をした唐揚の方が愛しい。
「いいなぁ。王様はいつもこんなケーキを食べてるのかなぁ…」
無視して弁当を掻きこむ蛮をよそに、銀次はハガキに印刷されているケーキの写真を眺めて、ぼんやりと夢見心地だ。
「この国の王様も食べてるのかなぁ?」
お堀で囲まれた深い緑の向こうにある城の住人のことを言っているのだろうか。
やんごとない人々は、そんなもん食ってねーだろ。
そう思っても口には出さないで、蛮は唐揚を箸で摘んだ。
「王様って、どんなもの食べてるのかなぁ。きっと美味しいもの沢山食べてるんだろうなぁ…」
「……オウサマのモノなら、オメーも食ったことあるぜ?」
「え?いつ?オレ、いつ食べた??」
予想通り目を輝かせながら食いついてきた銀次に、蛮は内心ほくそ笑む。
「新宿御苑。あそこ、オウサマの庭。前に池の魚を食ったろ」
「ああ、アレ…。泥臭かったね」
「ありゃー不味かったな」
「怖いおじさんに追いかけられたしね…」
苦く情けない記憶が蘇り、二人は沈鬱な面持ちで黙り込んだ。
「そっか。王様だってあんまり美味しくない魚を食べてるんだ…」
王様なのに可愛そうだね、ともっと可愛そうな銀次が気の毒そうに呟く。
銀次が勘違いするのを判っていてわざとその方向に話を持っていった蛮は、その間違いを敢えて指摘せず、腹の中で爆笑しつつも曖昧に頷いた。
バカをからかうのは楽しい。
それが銀次なら尚更だ。
「だいたい、お前だって王様だったろうが」
「え?」
「無限の城のオウサマ」
「でも、ケーキはなかったよ?」
「そりゃそうだろうけど。王様イコールケーキじゃねーだろう?」
「うん。…………あ!そうかぁ」
「あん?」
「王様って美味しいもの食べてるだけじゃダメなんだよね。贅沢してるだけじゃないんだよね。国を平和にして、みんなを餓えさせないようにしなきゃダメなんだ」
銀次はバカだが、決して頭が悪いわけではない。
知識の有無と思考能力の有無は、決して同じではない。銀次を見ているとそれがよくわかる。
昔の自分に思いを馳せているのだろうか、銀次はテーブルについた腕に顎を乗せ、目を伏せた。そのままゆっくりと瞬きを繰り返して、ふっと眉根を寄せる。少し苦しそうな、何かを耐える顔。
そんな時の銀次からは、いつもの能天気な屈託の無さが消える。実年齢よりも少し上に見えるくらいの表情に哀愁が影を落とすのには色気さえ感じたが、蛮はあまり好きではなかった。
「まぁ。大概のオウサマはそんなこと忘れて、一番安全なところでぬくぬくしてるんだけどよ」
蛮は、常に前線で身を張っていたかつての帝王の額をピンと弾いて、こちらに視線を向けさせる。いつまでも過去に浸らせたくはなかったから。話を振ったのは此方だったけれど、今のコイツは自分の相棒なのだ。
デコピンをされた場所を擦っていた銀次がまた「あ!」と声を上げた。
「あんだよ」
「ひょっとして蛮ちゃんも王様?」
「ああ?」
「魔女の王様?」
「……まぁ、血筋で言やぁそういうことになるか」
別になりたくもねーけど。
その言葉は声に出さずに、唐揚と一緒に飲み込んだ。銀次を前にして言うべきことでもない。
「ごめん」
「ん?」
「何か、嫌なこと思い出させた?」
普段はぼんやりしているくせに、こういう時の銀次の聡さに蛮は内心舌を巻く。蛮の表情の微かな変化や、語尾に滲んだ感情を敏感に察知するのだ。そして素早く手を差し伸べてくる。
その心地よさに慣れてしまった自分が情けない気もするが、嬉しくもあり、ありがたくもあった。ただ、それを正直に銀次に言ってやるほど素直な性格でもない。
「アホ。一人前に気なんか使ってんじゃねーよ」
言って、銀次が先ほど取ろうとしていたおにぎりを掻っ攫ってやると、抗議の悲鳴が上がる。
もう既に銀次の意識は、この手にある握り飯に移っているのだろう。そう思って蛮は笑いをかみ殺す。
器用にラッピングを剥きながらチラリと銀次を見れば、しょんぼりと項垂れていた。少し恨めしそうに蛮の手元を見ている。
「ほら」
「え?」
差し出されたおにぎりに銀次が目を丸くした。
「食わねーのかよ」
「食う!食います!」
銀次は慌てておにぎりを受け取る。だが、手の中に戻ってきたおにぎりと蛮とを見比べて首をかしげた。
「お前、剥くの下手だからな」
銀次は不器用だ。玉子焼きを作ろうとして小火を起こしかける程度には不器用だ。そして、いつもおにぎりのラッピングを巧く剥がせずに、海苔を大きくちぎってしまうのだった。
ラッピングのビニールをヒラヒラ振ると、銀次はハッと気づいて、そして満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、蛮ちゃん!」
「へーへー」
本当に美味しそうにおにぎりを頬張る銀次を、蛮は目を細めて眺める。
「さっきのやっぱ訂正」
「え?何?」
「いや、こっちのこと」
銀次より唐揚だなんて、やっぱり嘘だ。
銀次風に言うなら、トロよりも愛してる、というところだろうか。
自分の思考に思わず吹き出しそうになって、蛮は堪えた。どちらも、いとおしいと思うことには変わりはないけれど。
食べ終えた銀次は、パンの袋についていたシールを丁寧に剥して、懸賞はがきに貼りつけている。
「そういうのって、結構集めないとダメなんじゃねぇの?」
「うん。あと7点くらいかなぁ」
「お前、マジで応募する気?」
「するよ。だってせっかく家に住めたし、住所も決まったんだからさ。ケーキ、当たるといいね。一緒に食べようね」
柔らかい笑顔で言われて、何故か蛮は胸が詰まった。俯いて「まーな」と小さく返す。
「でもさぁ。ここってお城ってこと?」
「お城?」
「王様の住むところでしょ?」
蛮は四畳半の部屋を見渡した。薄汚れて所々に染みの浮いた壁は、少し黴臭い。畳はすっかり毛羽立っていて、ザラリとした手触りは決して心地よいものではなかった。
「無限城の元帝王と、魔女の王の城にしちゃ、随分狭いし汚ねーな」
古びた蛍光灯が薄暗い光を落とす中、小さなテーブルを囲んで二人の王は見つめ合う。
「ま。悪くねぇけど?」
にやりと口端をあげる蛮に、銀次が嬉しそうに頷いた。


雷帝と、蛇を宿す魔女の王。
この世で最も稀有な力を備えた人間が、今この狭い部屋に揃っている。特殊な力だけでなく、銀次のカリスマと蛮の頭脳をあわせれば、まさに最強だろう。
その気になれば、世界を手にすることだって可能かもしれない。
蛮は自分たちの力の大きさを、自惚れによる過大評価ではなく、客観的にはかってもそう思う。


でも。
たとえ、そうしてこの世を統べる王になったとしても。



「明日からオレの分もパン買ってこいよ」
「でも、これ甘いパンだよ?蛮ちゃん苦手でしょ?」



お前がいなければ。
お前が笑っていなければ。
世界を手に入れてもまだ不足。



小さな古ぼけたお城の中で、灯油が切れそうなストーブにあたって、二人で寄り添っているほうがいい。
銀次が隣で笑っているほうがいい。
俺が、笑わせてやりたいんだ。



蛮はゆるく苦笑して、
「いいから、買ってこいよ。特製ケーキ、一緒に食うんだろ?」



叫ぶように蛮の名を呼んで、マグカップをひっくり返しながら銀次が蛮に抱きついた。



END



JUN様へ

ギャル銀やギャル蛮、ステキ屍銀でいつも楽しませていただいているJUN様に捧げます。
雪はJUNさんの大ファンなので、畏れ多いと思いつつ、ギャル銀を嫁に貰うためなら…!と鼻息荒げながら、4畳半のお城で暮らす銀次と蛮を書いてみました。
蛮視点で書いたワリに、ご依頼の蛮の生活臭がイマイチ出ず…。唐揚のあたりに辛うじてニオイますでしょうか…?
ベルマークに続き、パン会社のポイント集めに凝るビンボー銀次。恐らく、パスコあたりです。当たるといいね。しかし、多分外れます(笑)。
ポイントは集めている時が楽しいのですよ…。
当初、タイトルを「唐揚ベイベー」にするつもりでしたが、あんまりなのでちょっとカッコつけたタイトルにしました(笑)。
こんなんですが、どうぞ貰ってやってくださいませ。

銀乃雪@DOOMSDAY
2004.3.4




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