WISHES 】


冬への扉は突然に開かれる。
ある朝、空気と風とが、張りつめ乾き、昨日までとはまったく異なったものに変わるのだ。
今朝がそうだった。
部屋の窓を開けるとそれが判った。赤屍がもっとも好ましく感じる秋から冬への節目の日。
開け放った窓の前、赤屍は深呼吸をして、初冬の冷気を体内に取り込んだ。冬が身体に沁みてゆく。
ちりん、ちりん。
季節にも部屋にも似つかわしくない音が響く。
「…そろそろ、外しましょうか。」
暑い盛りに唐突に贈られたひまわりの柄の風鈴は、贈り主である彼そのままのイメージだ。
一度だけ。
夏の終わりに一度だけ、彼がこの部屋を訪れたことを思い起こす。
仕事で行動を共にする時の怯えようなど想像もつかないほど、彼はよく笑った。
ふと、思う。
もしかしたら、赤屍自身もあの時は笑っていたのかもしれないと。昔々のように。
やはり、今が外し時だ。
センチメンタルな感情に呑まれてしまってはDr,ジャッカルの名が廃る。
風鈴を外すと、元の色のない無機質な部屋に戻った。
…なにか、物足りない…。
そぐわないものを取り外してしまっただけのことなのに、あるべき元の状態に戻しただけなのに、そう感じてしまった。
「いけませんねぇ」
もう一度、深呼吸をしてから、赤屍は部屋を出た。


仕事が長引いたせいで、だいぶ夜も更けた。
しかし、冬のはじまりの日の夜気は心地よく、やはりこの季節がいちばんだと思いながら赤屍は角を曲がった。
歩みが止まる。
マンションの前に座り込んでいる人影に赤屍は息を呑む。
彼は本当に唐突だ。観念したように歩を進める。
「私にご用ですか?」
「はいっ!」
どれくらいここにいたのだろう。薄着の彼の頬は赤い。
「よくここまでおいでになれましたね」
「ヘブンさんに地図を貰いました」
「そうですか。…どのくらいお待ちになりました?」
「えっとぉ、ちょっと前に来たのでそんなには待ってません」
赤屍が一歩踏み出して、肩に手を回すと途端に彼が緊張する。現金なものだ。これほど赤屍を動揺させているとゆうのに。
「ちょっとってどのくらいですか?ものすごく冷えてらっしゃる。まさか半日とか?」
「まさか。えっと、3時間くらいかな。えへへ」
「銀次君、真冬でなくてもこの寒さです。その薄着では風邪をひきますよ」
「赤屍さん、お母さんみたい」
銀次が笑う。赤屍には返す言葉がみつからない。
「部屋に行きましょう」
「いえ、いいんです、ここで。もう遅いし早く帰らないと…はい」
彼がそのあとに続く言葉を飲み込んだことには意味があるのだろうか。赤屍は自分がわずかに苛立っていることに気づく。
「では、ご用件を早くすませたらいかがでしょう」
大人げない言い回しになってしまった自分を胸の中であざ笑う。
「これ」
差し出された透明のポリ袋の中には小さなポインセチア。
「私に?」
銀次は大きく頷く。
「こないだの台風の日のお礼もしたかったし、今日、お誕生日だってヘブンさんから聞いたから。お誕生日おめでとうございます!」
赤屍は言葉を失いかける。
「…あ、れ?違いました?」
焦ったような銀次の顔を赤屍は、ただ、ただ、凝視する。
「えっと…ぉ…」
「忘れていました」
「はい?」
「誕生日だなんてすっかり忘れていましたよ…ありがとうございます、銀次君」
「えへへ」
「お仕事先で頂いたのですか?」
「違います!今度はちゃんと自分で買いました」
憤慨したような表情を見せる銀次に赤屍は思わず笑み零す。
「これは、これは、大変失礼致しました。なんでポインセチアなのかなと思いましたので」
「ああ、ええ、予算の関係もあったのですが、赤屍さんのお部屋はとてもすっきりしていてかっこいいけど、ちょっと色があったほうがいいかなぁと思ったからなのです。あ、日の当たる場所に置いてくださいね。でないと枯れちゃうそうです。クリスマスに枯れちゃってたら悲しいし」
「そうでしたか」
彼の言葉に他意はないだろう。でも、まるでその言葉は。
「赤屍さん」
彼が臆することなく赤屍を見た。
「はい?」
「ポインセチアくんが元気でいるかどうか、クリスマス頃、確かめにいってもいいですか?」
赤屍は今度こそ言葉を失った。
「…だめですか?」
風鈴を外したばかりだとゆうのに。彼はそれを許さないつもりなのか、僅かに傷ついた表情になる。
「…いいえ、お待ちしてますよ…ただし、殺される覚悟でいらしてくださるのなら、ですが」
赤屍が声を和らげてそう告げると、彼は破顔した。
「それまで、つまらない輩に殺されたりしないよう、くれぐれも気をつけてください、銀次君」
「はい!」


誕生日があることなどとうに忘れていた。そして、誰かにこれほど翻弄される自分がいることも忘れていた。頭のどこかで警鐘が鳴っている。しかし、この気分は決して不快なものではない。
夜気を呼び込むために赤屍は窓を開け、冷気を体内に取り込むべく深呼吸をした。朝よりも冬を実感した。この季節を好ましく感じるのは、生を受けた季節だからなのかもしれない。
「誕生日、ですか。」

赤屍は、小さな鉢をこの部屋でいちばん日当たりの良い窓辺に置いた。
枯れることのないように。






END
written by 凛々





凛々さんのサイトで配布されていた赤屍さんお誕生日フリー小説を、江戸っ子の心意気で(謎)がっつり頂いてまいりました。
わーい。わーい。
なんと心温まる屍銀!素敵!
健気な銀ちゃんと、ちょっと自分の気持ちに戸惑うバネさんがコンチクショーなくらいに素敵です。
しかも何気にクリスマスに繋がっていたり。うふふ。
「殺される覚悟で」という科白が赤屍さんぽくて、とても好き。
はぁ。満足v


銀乃 雪
2003.11.24




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