【 だからここでキスして 】
| 「う〜〜〜。ついてねぇ。何でだ?何故この無敵の俺様がぁ!」 (自称)無敵の男美堂蛮はひとり毒づきながら、裏新宿の路地をいつもの喫茶店へ向かっていた。 流石に2月となると、通りを吹き抜ける木枯らしも身を切る冷たさだ。蛮はダウンジャケットのポケットに両手を突っ込み、背を丸めて歩く。店の看板が見える距離になれば、自然と足早になった。 HONKY TONKの扉を開けると、中の温かい空気が凍えた頬を撫でると同時に、銀次の「おかえりー!」の声が飛び掛かってきた。 「コーヒー!あっついヤツ!ツケで!!」 カウンターで上着を脱ぎながら一気に言う。 「……お前なぁ…」 呆れてため息を吐いても、波児は温かいコーヒーを淹れてくれた。出されたカップを両手で包めば、じんわりとした熱が伝わってくる。 隣で尻尾を振っていた銀次(そんなものはついていないハズなのに、見える気がするのは何故だろう)が、蛮の機嫌の悪さを見てとって、 「蛮ちゃん、またパチンコ負けたの?」 「『また』は余計だ」 八つ当たりだとわかってはいるが、ストレートな物言いに拳骨をお見舞いしてやる。 「だいたいよ、北斗神拳なんざ俺様のアスクレピオスの前では赤子の手を捻るようなもんのハズなんだよ」 ケンシローめ…。俺様のスネークバイトがヤツの百烈拳に負けるはずがねぇんだ、ちくしょー。 「何だかよくわかんないけど、蛮ちゃんはレバーを捻って負けちゃったんでしょ」 「……うっせー」 分が悪くなった蛮はコーヒーをズルズルと啜ることで話しを打ち切った。 ふと銀次の手元に目をやると、そこには見慣れない小奇麗な箱。控えめだが上品な包装紙で包まれ、金色のリボンが掛かっている。 「何だソレ?」 「これ?貰ったの」 「貰った?」 ――――そういえば、今日は。 「まさかチョコレートか?!」 「そうだよ」 蛮の食いつくような勢いとは対照的に、銀次は至極冷静で、そっけなくも一言で返した。 「夏実か?」 「夏実ちゃんは今日休みだぞ」 横から波児が口を挟む。 銀次にチョコレート。銀次にチョコレート。しかも夏実からじゃないチョコレート。 思いがけない出来事に頭の中がぐるぐるする。 つーか、いつの間にコイツ……。 ちらりと隣を見ると、銀次がじっと蛮を見ていた。見ているというよりも、睨んでいるというか。何だか妙に真剣で、少し恐いくらいの目つきだ。 「これは卑弥呼ちゃんに貰ったの」 「なんだ、卑弥呼か」 「義理だけど」 「そりゃそーだろーぜ」 予想の範囲内ではあるものの、無事に謎が解決してみればいささか拍子抜けだった。 あの女、銀次にはやるのに俺にはナシかよ。 別に欲しくもないが、だからといって無視されるのも悔しい。子どもっぽい苛立ちに蛮は小さく舌打ちをする。 「蛮ちゃんには後でくれるみたいだよ」 パチンコへ行ってていなかったからさ、と蛮の胸中を読んだように、銀次は蛮が口に出す前に告げた。そして、意を決したように蛮をキッと見据える。 「帰ろう」 「おい、俺はまだ飲んでるんだよ」 「いいじゃん。どうせツケなんでしょ、ツケ!帰ろう!」 銀次、ツケツケ言うな…カウンターの向こうで波児が密かに涙するのに気付かないまま、銀次は蛮の腕をぐいぐい引っ張って無理矢理立ち上がらせ、ジャケットを押し付けると自分もコートを着だした。蛮は銀次の妙な気迫に押されてしまい、文句を言いつつも上着に袖を通す。ジッパーをあげ終わると、待っていた銀次が蛮の腕を取り、くるりと波児を見て、 「ごちそうさま!」 「どういたしまして…」 半ば怒鳴るような強い口調に、波児は気おされて答える。そのまま蛮を引き摺りながら出てゆく、いつになく雄雄しい銀次の背中を、 「ちゃんとツケ払ってくれよ…」 波児は小さく呟きながら見送った。 店を出て暫くすると、銀次は蛮の腕を放して数メートル先を無言で歩きだした。 行き先は公園に止めたスバルと決まってはいたが、蛮が後を付いてくるのが当然とも言いたげな足取りだ。 肩をいからせて前を歩く銀次の後姿を、蛮は何だかなぁと思いながら眺めていた。 ファーに縁取られたフードが、銀次が歩くたびにぴょこぴょこ跳ねる。その下のミルクティー色のダッフルコートに包まれた背が物言いたげで。しかし、銀次が何をそんなにツッパっているのか、さっぱり蛮にはわからない。 ふと銀次が手に持っている小箱に目が行った。 チョコレート。 ……それと何かカンケーあんのか? しかし、それは銀次が貰った物で蛮には関係ない。蛮が拗ねるのならともかく、銀次が臍を曲げる理由にはならないはずだ。 そもそも巨乳の美女から貰った物ならばまだしも、相手は卑弥呼だし、甘いものは苦手だから、蛮はそれを羨ましいとも思わなかった。 「……ちゃん」 わっけわかんねー。 「蛮ちゃん!」 「あ?」 物思いに耽っていた蛮が、やっと銀次が呼んでいるのに気づいて顔を上げると、銀次は立ち止まって、蛮と向き合うように身体ごと振り返っていた。まだ怒っているようなコワイ顔をしている。 「……蛮ちゃんてさ、ロクデナシだよね」 「あ゛あ゛?」 やっと口を開いたと思ったら、第一声がそれかよ! 「金遣い荒いし、パチンコも負けるし。スバルもレッカーされてばっかだし」 抑えた口調で銀次が続けるのに、気が長い方か短い方かといえば間違えなく極短な蛮の眉間が引きつる。 「おかげで、お弁当探してゴミ箱を漁るハメになるしっ」 「……おい、テメー喧嘩売ってんのか?」 「乱暴だし!口悪いし!すぐ殴るし!」 「いい加減にしろよ!」 「なのに、何でそんなにカッコいいの?!」 「はあ?!」 あまりの言われように怒りのボルテージが振り切れる寸前、思わぬ言葉がぶつけられて蛮は目が点になった。 「蛮ちゃんなんかロクデナシなのにっ!みんな蛮ちゃんのこと好きになっちゃうんだよ!バカみたい!!」 銀次は蛮を睨み付けて、心底悔しそうに顔を歪ませる。 「ホント、バッカじゃないの?!」 忌々し気に吐き捨てると、 「……でも、一番バカなのはオレだ」 最後の言葉はすっかり勢いが消えうせ、語尾が細く震えていた。かすれた声で呟いた後、銀次の顔がくしゃりとなる。泣き出すのかと思ったが、唇を噛んで堪えているようだった。 「…なんか、お前、言ってることが滅茶苦茶だぞ」 両肩に脱力感が圧し掛かってきて、蛮はぐったりとする。 だが、どうやら銀次が焼きもちを焼いているらしいことはわかった。何が彼にそうさせたのかは相変わらずさっぱりわからないが、嫉妬して、しかしそんな自分を持て余した銀次が自己嫌悪交じりの八つ当たりをしていたようだ。 これ見よがしに溜め息を吐いてはみせても、頬が勝手に緩んでくるのを止められない。 「わかってるよ、滅茶苦茶だなんて」 流石に幼稚な自分の態度が恥ずかしくなったのか、銀次がぷいっと横を向いた。 その仕草がまた子どもっぽいというのに。 「ぎーんじ」 漏れてしまう苦笑を抑えて、猫なで声で呼んでみる。 よくよく考えれば、理不尽な怒りをぶつけられた蛮が銀次の機嫌を取る必要はないのだが、やはり蛮は銀次に甘いのだった。そして、蛮はそんな自分を知っているけれど、どうしようもない。 ――――つーか、俺ってやっぱダメ男なのか? 「蛮ちゃんなんかこれで十分だよっ!」 言葉と一緒に何かが蛮に投げつけられた。 こ気味良く音を立ててキャッチしたそれを見てみれば、 「『都こんぶ』?」 「蛮ちゃん、甘いの嫌いでしょ」 「…………ひょっとして、バレンタインとかいう気か?」 小さな赤い箱を手の中でもてあそびながら銀次に目をやると、銀次は顔を強張らせてこちらを見ていた。頬とむき出しの耳がほんのり色づいている。きっと顔が赤いのは寒さのせいだけではないだろう。 「ハズカシーやつ〜」 何だか照れくさいのと、照れ隠しで怒った振りをしている銀次が面白いのとで、思わず憎まれ口を叩いてしまう。 「うっさい!!どうせオレはバカだしハズカシーよ!」 予想通り噛み付いてきた銀次だが、次の瞬間ふと顔を曇らせた。 「でも、チョコレートって結構高いんだね。オレ400円くらいしか持ってなくてさ」 呟きながらトボトボと銀次が寄ってくる。蛮の目の前に来るとポケットをまさぐって、 「はい」 手のひらの『都こんぶ』の上にマルボロの箱を重ねて置いた。 恐らくこの赤いマルボロが本当はチョコレートの代わりなのだろう。 赤マルと都こんぶと消費税とで、400円弱。 銀次の全財産が投げ打たれた手のひらの重み。そして、触れた銀次の手の暖かさに、蛮は思わず片手で口元を覆った。 やっべぇ・・・・・・。 恥ずかしい。きっと今、自分の顔は真っ赤だ。頭に血が集まっているのがわかる。顔が火照るように熱い。 しかし、気恥ずかしさと同時に、とてつもなく嬉しかった。 蛮がひとりパチンコに興じている間、銀次はコンビニへ走って彼なりに一生懸命選んだに違いない。手持ちの僅かな金を数え、商品棚についている値札と相談して。それを思うと、蛮は胸が締め付けられる気がする。 特別なことをされたわけではない。特別なものを貰ったわけでもない。別に今日がヴァレンタインだからってわけでもない。 ただ、銀次が自分のために、頭を悩ませて気持ちを傾けてくれたことが、こんなに嬉しいなんて。 「……別にンなもんいーのによ」 「『イベントは大切ですよ』って夏実ちゃんが言ってたよ」 笑いながら喋る銀次の持つチョコレートの小箱が、俯いた蛮の視界に入った。 あれに触発されたのだろうか。 おぼろげに銀次の嫉妬の理由が見えてきた気もしたが、蛮はそれ以上追求するのをやめた。今は目の前にいる銀次の方が大切だったから。 「あとね、『お返しは倍返し』なんだって」 夏実め!余計なことを!! 銀次が腰をかがめて蛮の顔を覗き込んだ。悪戯っぽい表情で、大きな茶色の瞳が蛮を捕らえる。 「蛮ちゃん、すぐにお金使っちゃうし。どうせ忘れちゃうに決まってるからさ」 「うっ」 後半はともかく、前半は確実に当たっている。ぐうの音も出ない。 「どうしろっていうんだよ」 その自覚があるように、蛮は銀次に甘い。そして銀次もまた、ぶっきらぼうな言い方でも蛮が聞き入れる気なのを知っていた。 「だから今頂戴?」 「は?」 「だから、ここでキスして?」 お望みのままに。 END |
ヴァレンタイン話の蛮銀編。
は、恥ずかしい…。何て恥ずかしい人たち!
無謀にもスィート&ラブを目指しました。
これでも、かなり可愛い銀次を意識しました。私の中のデッドラインを軽く越えてます・・・。そして蛮をフツーの男の子っぽく。
とりあえず、蛮をロクデナシ呼ばわりできたので満足です(笑)。
そして銀次にミルクティー色ダッフルコートを着せたので満足です。
ところで、なぜ蛮さんはいつもパチンコに負けて帰ってくるのでしょう。たまには勝たせてあげたいものだ。
※パチンコはさっぱりわからないのですが、近所のパチンコ屋の前に「北斗の拳 スロット」の看板が出ていたので、ネタに使いました(笑)。
2004.2.4
イベントにて、14時20分頃受付付近にいらした、名も知らぬお姉さんsに捧げます。あの時は走らせてしまってごめんなさい。そしてありがとうございました。
2004.2.11