【 笑顔の行方 】
| 店内に来客を告げるベルが響く。 波児の「いらっしゃい」が見知った人間に対する声音であることを聞き取ると、銀次は夢中で食べていたホットケーキから顔を上げた。 「卑弥呼ちゃん!」 ぱぁ〜っと銀次の顔に眩しい笑顔が広がる。 「久しぶりだね〜v」 はしゃいで話しかけてくる銀次は、まさに「きゃぴきゃぴ」という形容詞がぴったりで、しかもおかしい事に何故か全く違和感を抱かせない。20歳近い男が何で…と小声で呟きながら卑弥呼は軽く眉間を押さえた。 「今日はどうしたの?」 「ちょっと近くまで来たから寄っただけよ」 卑弥呼のそっけない態度にも銀次は笑顔をたやさない。口の端には食べかすとメープルシロップをつけてはいたが。 そんな銀次を卑弥呼は暫くの間じっと見つめてから、 「…………ねぇ、ちょっといいかしら」 「う゛?」 「それを食べ終わった後でいいから」 「う゛」 銀次は銜えていた最後の一切れを水で流し込むとスツールから飛び降り、奥のボックス席へ向かう卑弥呼の後を追った。 席について卑弥呼がコーヒーを啜る間、銀次は聞かれてもいないのに今日の天気のことや最近の奪還のことなどを取りとめもなく勝手に喋りだす。 すると、 「ねぇ、あんたにとって……蛮は何?」 それまで黙って銀次の話を右から左に流していた卑弥呼の突然の問いかけ。 「なにって…」 銀次は笑って誤魔化そうとしたが、卑弥呼の真剣な顔に言葉を失った。 偽ることを容赦しない強い瞳が真っ直ぐに銀次を射抜く。 卑弥呼がただの「相棒」という二人の関係を尋ねているのではないことは確かだった。いつまでも黙っていられるとは思っていなかったが、彼女は少女特有の鋭い嗅覚で、二人の間にあるもっと違う形の繋がりを嗅ぎ取っているのだろう。 「……蛮ちゃんは、オレの一番大切な人だよ」 「そんなのわかってるわ。そうじゃなくて――」 「付き合ってるよ」 自分の言葉尻にかぶさるように発せられたその一言に、卑弥呼は目を見開いた。 「きっとキミの聞きたいのはそういうことだよね。だったら、“そういう意味”で、俺たちは付き合ってると思うよ」 「……………そう」 意外にも、卑弥呼の表情は穏やかだった。予め覚悟していた答えを確かめた後のような、諦めと倦怠と少しの絶望とが入り混じった顔でため息をつく。 銀次は卑弥呼の蛮に対する想いに気付いていたから、たいして衝撃を受けていない様子に少し驚いた。 「といっても、別に『付き合いましょう』なんて言ったわけじゃないんだけどさ……」 「そうでしょうね。蛮はそんなタイプじゃないもの」 「キモチワルイって思う?」 「あんたはそう思ってるの?」 「ううん。多分、セケンテキに見ればキモチワルイのかもしれないけれど、オレにはそういうのよくわかんないから」 「…………」 「ただ、こんなに強く誰かを求めたのは初めてで。こうやって懸命に人を想うことが、男女の恋愛とどう違うのか、オレにはわからない」 静かに胸のうちを語る銀次は、口いっぱいにホットケーキを頬張っていた人間と同一人物とは思えないほど大人びて見えた。だが、そこには少年の頑なさと無防備な危うさも確かに同居していて、銀次に不思議な彩を与えている。こういうところに蛮は惹かれたのだろうかと卑弥呼は思ったが、それを認めるのは何だか悔しい。 「じゃあ別にいいんじゃないの」 さしたる問題ではないかのように軽く返してから、コーヒーを一口含んで咽喉を潤すと、 「私は蛮が好きよ」 改めて卑弥呼は、真っ直ぐに銀次を見て言った。 「蛮が好きなの。別にあんたちの邪魔をするつもりはないけれど…、でもこれだけは言っておきたくて」 一呼吸置き、 「蛮を苦しませるようなことをしたら許さないわ」 鋭く銀次を睨んだ後、今度は自分の中で何かを確かめるように目を閉じた。 卑弥呼の睫毛の長さと、それが頬に落とす影とに魅せられながら、強くて綺麗な少女だと銀次は思う。 先日まで憎まれ口ばかりで蛮への恋心を認めようとせず、幼稚さが抜けきらない少女だったのに、いつの間にこんなに綺麗になったんだろう。背筋を伸ばし、凛とした雰囲気を纏った卑弥呼は、どこか近寄りがたくもあった。 さなぎが蝶に変わるように、目の前で刻一刻と美しく成長してゆく少女が何だか眩しくて、銀次は目を細める。 「うん。絶対にそんなことはしないから」 このコよりも自分は蛮に相応しいだろうか。 「約束するよ」 でも蛮の隣を誰かに譲ることだけはできない。たとえ卑弥呼であっても、どうしても、できない。 だから、せめて真正面から向き合って話してくれた彼女との約束だけは違えないように。 「私、あんたのこと嫌いなの」 「うっ」 銀次は思わず呻いた。わかってはいたが、はっきりと言葉にされるとそれなりに辛いものだ。 「でも、あんたのことは信じているから」 「卑弥呼ちゃん……」 「それだけ」 微笑む卑弥呼に銀次は目頭が熱くなり、慌てて瞬きをして散らす。 「あ。そうだ」 「?」 卑弥呼は徐に持っていた紙袋の中を探り出す。すると、綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出して、 「これ。あんたにあげるわ」 「なに?」 「チョコレート」 「え?え?え――――?!」 「何よ、要らないならいいのよ」 「欲しい!欲しいです!」 銀次のあまりの驚きぶりに途端に不機嫌になって卑弥呼は箱を仕舞おうとしたけれど、袋に戻す寸前、すかさず銀次が腕を伸ばしてそれを阻止した。あまりに必死に止められて、しぶしぶという風で卑弥呼は箱を渡してやった。 「あ、ありがとう…」 「言っとくけど、義理よ」 「うん。わかってるよ。でも、オレこういうの貰ったことないから嬉しい」 去年、夏美からお裾分けのチョコレート(失敗して形が崩れたヤツだった)とともに教えてもらったので、銀次だってヴァレンタインデーくらいは知っていた。ただ縁がないだけだ。チョコレートにも、それ以上に女の子にも。 「あんたには仕事で世話になったから、それだけよ。お歳暮みたいなもんだからね!」 オセイボが何なのかはよくわからなかったが、義理であることをムキになって強調する卑弥呼が可愛くて銀次は笑ってしまう。 「ありがとね。卑弥呼ちゃん」 笑顔で礼を言われてもまだ口の中でもごもご言い訳をしていた卑弥呼は、また「あ」と声を上げると、 「これ、蛮にも渡しておいて」 銀次に渡したものと全く同じ大きさと包装の箱を差し出した。 ところが、銀次はそれを無言で見つめているだけで動かない。 「どうしたのよ」 「…………それは卑弥呼ちゃんが自分で渡しなよ」 「ちょっと…、これも義理チョコよ。変な意味じゃないのよ」 でも、卑弥呼は今も蛮を想っていて、その箱にはやっぱり気持ちが込められているではないだろうか。 だから――――。 「わかってる。でも、オレ、それ捨てちゃうかもしれないよ?」 「?!」 「蛮ちゃんに渡さないで、どこかに捨てちゃうかも。だから自分で渡した方がいいよ」 「なっ…」 思いもかけぬ返事に卑弥呼は唖然とした。 「オレね、こう見えても結構嫉妬深いの。蛮ちゃんのことを好きな女の子からのプレゼントなんて、悔しくてどこかにやっちゃうかもしれないからさ」 言葉を失ったまま瞠目している卑弥呼に、銀次は上目遣いで少し挑発的な顔をしてみせる。 「だから、それは卑弥呼ちゃんが直接蛮ちゃんに渡して?」 「………わかったわ」 受けて立つとでもいうように強気な瞳が自分を見据えるのを確認して、銀次は頷いた。 カップの底に残っていたコーヒーを一気に流し込んで、卑弥呼が席を立つ。 「もう帰っちゃうの?」 「近くまで来たから寄っただけって言ったでしょ」 交わされるのは、いつも通りの甘えた銀次の口調と、いつも通りのそっけない卑弥呼の返事。 先刻までの深く濃密な感情のやり取りがまるで夢だったかのよう。 しかし、名残惜しそうな銀次を無視して踵を返した卑弥呼が、不意に肩越しに振り返った。 「さっき、あんたのこと嫌いって言ったけれど…。本当はそんなに嫌いじゃないのよ」 「!」 最後に悪戯っぽく笑う。 背を向けたままバイバイと手を振って出てゆく卑弥呼の後姿を、今度は銀次が呆然と見送る。 卑弥呼の残した笑顔の鮮やかさが瞼に焼き付いて…。 「あはは…」 奇妙に心地よい敗北感に酔いながら、銀次は笑った。 END |
ヴァレンタイン話です。でも、卑弥呼Vs銀次。勝負は卑弥呼の判定勝ちかなぁ?
わりと原作のキャラクターに近いイメージ。
ホモだけどね(爆笑)!
蛮銀編に続きます。
2004.1.31