【Der scheidende Sommer】


「じゃあ、そういうことで。宜しくね、蛮くん」
「おう、確かに引き受けたぜ」

次の仕事のために早足で店を出て行くヘヴンの背中を見送ると、夏実がコーヒーを運んできた。
いつの頃からか、依頼を受けるとこの店では景気付けにコーヒーを出してくれるようになった。
そして、デカイ仕事を無事に成功させて戻ってくれば、波児特製「マスターの気まぐれブレンド」が出てくる。
こいつはブルマンよりうめぇ。
どんなにツケが溜まっても、この時のコーヒーだけは欠かされたことがない。
銀次は特別な時にだけ飲めるこのコーヒーが大好きで。
「武士のナサケってヤツだよね」
わけわかんねーこと言いながら、満面の笑顔で飲んでいた。
……アイツにどれだけコーヒーの味がわかるのか怪しいもんだが、ささやかでも「特別」なのが嬉しかったのだろう。



信じられないことに、銀次は自分をとても凡庸な人間だと思っていた。
取るに足らないちっぽけな人間だと、頑なに信じていた。
雷帝として非凡さを、その重圧に押しつぶされそうなくらい知っていたくせに。
むしろそのせいで、余計に普段の自分を小さく考えていたのかもしれない。
隣に座る俺をチラリと盗み見ては、時折、感嘆ともため息ともつかない吐息を漏らしていた。その視線に羨望が混じっていることを俺は知っていたが、気付かないふりをした。
馬鹿なヤツだと思った。
銀次が俺に憧れているのは最初から知っていたし、成長期の男が、他の男にコンプレックスを抱く気持ちもわかる。
だけど、なぜか自分の中に息づく華やぎに全く気付かないのだ。
あれほどヒトを魅了する輝きを持っていながら。どれほどの人間が銀次に惹かれて周りに集まっているのか、全く自覚しない。
負けん気の強いやつだし、仕事に関してはそれなりに自信を持ってはいたが、ひとたび日常に戻ると途端に自信をなくしてしまう。過小評価しすぎて、己を見失ってしまうことすらあった。
他人のこととなると、小さな感情の変化でも鋭く察知するのに、銀次は自分のことを知らなさ過ぎた。
とりわけ、俺の目に銀次がどれほど眩しく映るのか、本人には想像もできないようで。
銀次のあたたかい腕に、何度俺が救われたのか。
どうしてわからないんだろう。
自分と俺とを比べながら落ち込んで小さくなる背中を見ていると、俺はじれったくて仕方がなかった。





契約成立の祝杯代わりの一杯をありがたく味わう。
窓から差し込む午後の日差しに、カップの中の水面が僅かに透けて煌く。
鼻腔をくすぐる香りに、俺はほっと息をついた。
心がほぐれる心地よい馨しさは、まるでアイツの柔らかい肌の温度。





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