【Der scheidende Sommer】




組み敷いて暴いた銀次の身体は、あらゆる無駄を削ぎ落としながら進化してきたようだった。



腕の内側に浮いた血管も、控えめに突き出たくるぶしや手首の骨も。
この世で最良の部品を在るべき場所に配置したよう。
未成熟な身体のはずなのに、「少年」でありながら完璧なバランス。完璧な輪郭。
そして小さなかすり傷さえもひとつとしてない、すべらかな肌。
人間の作り出す芸術にはない美しさだ。
そこには緩さや隙が存在しない。
そう。まさに「進化」という言葉が相応しい。
だが、完璧すぎるあまり、危うさを内包している感も否めなかった。
ろ過を繰り返し、100%まで純度を高めたものは、ほんの少し不純物が混じっただけで、容易くその存在意義をなくす。
細い針の先に立っているような、完璧と背中合わせの不安定さ。
ほんの少しの歪みで一気に崩壊してしまうような。
それは身体だけでなく、銀次の健全な精神にもいえることだった。
その皮膚と同様に、あまりに無傷でまっさらな銀次のこころは、些細なきっかけで一瞬後に脆く崩れてしまうのではないか。
そんな危機感すら俺に火をつける。
喪失の幻想に苛まれながら、俺は銀次を抱く。




最初に手を出したのは俺だった。



まだコンビを組んで半年ぐらいだっただろうか。
俺だって仕事の相棒を相手にいきなりセックスをしかけたわけじゃない。
ちょっとからいかい半分で迫ってみたら、のってきたんだ、銀次が。
ありがちだが、その時俺たちは酔っ払っていた。
奪還を成功させた後で、金も入っていたし、仕事をやり遂げた達成感で気分もよかった。波児の店で打ち上げをして、ついでに2階に泊まりこむことにした。
確かにいつもより呑んではいたが、正体をなくすほどじゃなかった。
だけど、酒の勢いを借りたのは確かだ。
俺も銀次も、お互いを知りたいと思っていた。
知り合って半年ばかりで。
いつも銀次はよくしゃべった。
一分一秒だって惜しいというように。24時間全てをつかって俺を知ろうとしたし、俺も銀次を知りたかった。
俺たちはもっと近づきたかった。
狭いスバルの隣に座るよりも、もっと近くに。
「お友達」の手順なんてふまず、ひとっ飛びに。
毎日一緒にいるけれど、その先の保証なんてなかった。
明日にはコンビを解消するかもしれないし、危険な依頼の最中に不慮の事故に逢うかもしれない。
この気持ちがなんなのかはわからなかったけれど、どうすればもっと相手に近づけるのか、焦燥感に駆られながらいつも考えていた。それは暗闇の中で闇雲に手探りしているようなもので、歯がゆさのあまり互いに八つ当たりをすることさえあった。
いつもの車の中とは違う、ちゃんと屋根のある部屋で。
窓から差し込む明かりだけが頼りの薄暗さの中、ベットに寄りかかって床に座っていた俺に、銀次が圧し掛かってきた。
膝をまたぐようにして俺の腿に腰を下ろすと、体重を預けて凭れかかり、俺の首に腕を回して顔を覗き込んだ。
吐息が触れそうなほど近くにある相手の顔。
銀次の琥珀色の虹彩に、俺の顔が映っているのがはっきりとわかった。
自分から話を振ったくせに、その時俺は無様に動揺した。
「…おいっ」
「しようっていったの、蛮ちゃんじゃん」
「しようなんていってねーよ」
「『してみるか?』なんて、同じだよ」
よかったのか、と聞かれれば、悪くはなかった、としか言いようがない。
正直なところ、とにかく我武者羅で、あまりよくわからなかった。
ドーテーのガキかよ、俺は…。
傍から見れば、実に間抜けだっただろう。
ただ、次の朝銀次がイタイイタイと喚いていたことは、はっきりと覚えている。
あのヤロウ、「いたぁ〜い!痛いよ、蛮ちゃん」で俺に何でもやらせやがった。内心気が動転していた俺は情けないことに、ホイホイとあいつの言うことをきいた。飯を運んでやったり、着替えさせてやったり。まる一日あいつの世話を焼いて過ごした。
よく考えたら、食べれば治る身体だってのに。それに気付いたのはさらにその3日後だった。
2回目は銀次のほうから誘ってきた。
何だかんだ言っても、最初の夜銀次が相当辛そうだったのは事実で、やりたくても強要する気になれなかった俺は、あっちから誘ってきたのに少なからず驚いた。
大丈夫なのかよ、コイツ…。
そう思いながら、恐る恐る手を伸ばした。途中からそんな心配をしている余裕はなくなったけれど。
終わったあと、また俺にあーだこーだと強請る銀次に、さすがに「フザケンナ!」とゲンコをお見舞いしてやると、
「だって、蛮ちゃんにおもいっきり甘えたかったんだもん」
なんて、ケロリとした顔で言いやがった。
銀次がそんな調子だったから、もともと世間一般のモラルなんてものは持ち合わせてなかったが、相棒とセックスをしたという後ろめたさはほとんど意識しなかった。





実際に、あれが「セックス」なのかといえば、少し違うのかもしれない。
確かにやっている行為はまさしくそれだったけれど、俺たちは子どもだった。
オトナに頼る生活をしていなかったし、むしろキタナイ大人にたかって生きていた。
だけど、果てしなく幼くて、どこまでも子どもだった。
庇護者を持たず、“守ってくれる”ような愛情を知らずに生きてきた俺たちは、互いの温もりをもとめて抱き合った。
身体の芯に震えが走るどうしようもない孤独感を、手っ取り早く近くの体温で慰めるような。
まさに傷を舐めあう仲だった。
それぞれの抱えている傷をほんの少しでもわかちあえるのはお互いだけだという、直感的な確信があった。
時にはバトルの延長にあるような、持て余した熱をぶつけるセックスもした。
身体に充満するエネルギーのはけ口が見つからなくて、傍にあった身体でそれをやり過ごす。
「若いねーオレたちって」
わかったような口を銀次がきいて。
呆れ半分で、顔を見合わせて笑いあった。
だけど、抱き合う時の大半は、とにかく相手の存在を確かめたかったからだった。


刹那でありながら、永遠を願うような。


それは、男女の恋愛とは違うのかも知れないけれど、確かに強い繋がりを求めたもので。
恋というほど衝動的ではなかった。
だって、俺たちは出会う前からお互いを待ち望んでいたから。
愛というほど穏やかなものでもなかった。
それなら、あんなに激しく身体を重ねたりはしない。
恋とか愛なんて、本当はどんなものか知らない。
俺たちの間にあったのはただ相手が欲しいという、腹の底から突き上げてくる飢餓感にも似た想いだけ。
銀次のためなら、俺はどんなことでもするつもりだった。
銀次も同じ気持ちだっただろう。
命くらい、いくらでもくれてやる。



求める頻度は、俺と銀次で半々だったように思う。
銀次はいつも俺にすがり付いてきた。
俺の背中に腕をまわして、身体をこすり付けるようにくっつける。しがみつく、と言った方が正確だろう。
抱くのは俺のほうなのに、時にはまるで俺が銀次に飲み込まれるような感覚さえ覚えるほど銀次は深く俺を求めた。
何かに追い立てられて、性急に自分を俺の中に刷り込もうとするかのように。
それは崖の淵に立った人間を思わせた。神経にさわるような、思わず声を上げたくなるほどの切迫感。
どんなに卑猥な言葉をかけても、どんなに恥ずかしい体勢をさせても、躊躇いながらも最後は応じたし、むしろ積極的に身体をひらいてみせた。
「オレ、蛮ちゃんになら何されてもいいもん」
薄っすらと涙の膜を張った瞳でそういわれた時には、返す言葉をつげられなかった。
部屋に差し込んでくる月の光。銀次の姿だけが逆光の中に浮かび上がって見えた。
言葉に込められた烈しい感情とは裏腹に、透き通る湖面のように静かな銀次の表情を、俺は咽喉が詰まるような思いで見つめた。
全てを投げ打って。
自分の全てを俺に捧げて。
どんな些細な言葉も逃さないように、必死になってかき集めようとする銀次の姿に、俺は胸が締め付けられる。うっかり年端も行かぬ子どものように手放しで泣いてしまいそうになって、ぐっとこらえた。
銀次の言葉に感動したからではない。
感動なんて、生易しいものじゃなかった。
幼い手つきで形振りかまわず求めてくるあまりの一途さは、いっそ哀れなほどで、心が抉られる思いがしたから。






何かに突き動かされて俺たちは飽きずに体温を分け合った。
抱きしめあったぬくもりを、少しでも残しておけるように。





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