【Der scheidende Sommer】


「わーいvありがとう、夏実ちゃんvv」
「どういたしましてv」
語尾にハートマークを飛ばして銀次が笑った。
HONKY TONKのカウンター越しに夏実と微笑みあう銀次は、どうこからどうみても俺と同い年の男にはみえない。
いくつだよ、テメーは。
つーか、ジョシコーセーかよ。
それはもうこの上なく楽しそうに、二人の世界を作りながらキャピキャピと会話をする銀次たちを尻目に、俺はカップの底に残るコーヒーを流し込んだ。ぬるくなったコーヒーは苦い後味を残しながら咽喉を滑り落ちてゆく。
「見て!貰っちゃったよ」
蛮ちゃん、見て!
銀次があまりにしつこくシャツの裾を引っ張るものだから、俺はうんざりして横を一瞥した。
「あ?」
「お菓子、貰ったよ」
「ほー。よかったなー」
いかにも興味ありませんって感じの棒読みで答えても、銀次には通じないのか、「えへへー」と頬を緩めるだけだ。
菓子を貰ったくらいで照れてんじゃねーよ、バカ。
「調理実習で作ったんだって。手作りなんだって」
手作り、をことさら強調して。
そんなに嬉しいものなのか?
なんか、ムカつく…。
「そりゃーよかったな。うん。よかった」
相変わらず棒読みのまま、芝居がかった仕草で頭も撫でてやる。何を勘違いしたのか、銀次は甘える猫のように俺の手に懐いてきた。
アホ。
能天気な様子に、意地の悪い気持ちがむくむくと沸いてくる。
「じゃあ俺様に寄越しな」
隙をついて銀次の手から包みをひょいっと取り上げると、そのまま無言で俺は店を飛び出した。
乱暴に開けたために大きな音を立てるドアのカウベルに紛れて銀次の悲鳴が追いかけてくる。
俺は心の中で舌を出した。
ザマーミロ。



「待ってよ蛮ちゃん。ばんちゃーん!」
平日真昼間の新宿。
携帯電話を片手に仕事に勤しむ会社員たちの間をすり抜けて、銀次が追いつけないくらいの速度に加減しながら俺は走った。といっても、目指す先はスバルだから最終的には追いつかれるけれど、銀次が情けない声をあげて必死に俺の後を追い駆けてくるのが面白いのだ。
だが、スバルに到着するまえに信号で立ち止まった俺を銀次が捕まえた。
「つかまえた!」
シャツをぎゅっと掴んで銀次が得意げに笑う。
鬼ごっこに勝ったというような、無邪気なこどもの笑顔だ。…恐らく、当初の目的はすっかり忘れてるだろう。
「ほい」
信号が青に変わるのを待ってから、横断歩道を渡りはじめるのと同時に、俺は先ほど奪った菓子の包みを何気なく銀次に放った。
「…え?あ。お菓子ー」
危なげなく受け止めた包みをみて、思い出した!というように目を大きくする。
やっぱり忘れていたな。
「いいの?」
「あ?何が?」
「蛮ちゃん、食べたくないの?」
「別に。お前をからかいたかっただけだし?」
「えー?何それー」
ニヤリと口の端を上げれば、銀次は頬を膨らませた。
すると、急にぱっと俺の前にまわりこんで腰をかがめ、俺を見上げて。
「一緒に食べようね」
「はぁ?」
「誰かさんがパチンコ行ったおかげで、食費ないしさぁ…」
今度は一転して、じとっと恨めしげな目つき。
「うっ…」
思わず言葉に詰まった俺を見て、銀次はしてやったりと得意げに鼻を鳴らす。そのままくるりと俺に背を向けると、「それに…」と続けた。
「蛮ちゃんて、意外とヤキモチ焼きだしねー」
っ!!…………コイツ。
「気付いてないと思ってた?」
銀次はチラリと肩越しに視線を投げて寄越した。持ち上げた眉の下の瞳を眇めて、悪戯めいた顔。
「オレ、夏実ちゃんが好きだよ」
知ってる。そんなこと。
だいたい、最初に夏実と出会った時からコイツは「可愛い可愛い」を連発していた気がする。
そもそも銀次は女好きだ。
俺だってそうだけどさ。
「だって、オレ男だし。女のこは大好きだもん」
「オー。気が合うな。俺も女は大好きだぜ」
幼稚な嫉妬を見透かされていた俺はばつが悪くなって、投げやりに答えた。落ち着かなくて、もそもそと煙草を探す。
「でもさ、俺が一番好きなのは蛮ちゃんだから」
「…………」
思わず、ポケットを弄っていた手が止まった。
殺し文句をこうもさりげなく言うこいつには、適わないかもしれない。
「バカな嫉妬とかナシだよ?」
「バカっていうな!バカのくせに!」
「なんだよう。つまんないヤキモチしてたくせにー」
銀次は俺の気まずさや気恥ずかしさを何気ない言動で拭ってゆく。拍子抜けするくらいあっさりと、自然に。
やっぱりこいつの傍は心地よいと、こんな時に実感しながら、じゃれついてくる腕を絡めとって、俺は銀次を小突いた。



銀次が俺のことを一番好きなのは、自惚れでもなくわかりきったことだけど。
お前の女の好みなんて、いやというほど知ってる。
可愛くて、健気なかんじの女。
華奢な身体で運命に逆らいながら、一生懸命に生きている、ひたむきさを感じさせる女。
抱きしめて守りたくなる。
俺が守ってやらなければ、という男の庇護欲をくすぐる女。
つい腕を伸ばして支えてしまうような…。


そういうのが銀次は好きだ。
きっとそれは。
銀次のこころの奥底に根を張っている、その身に代えても何かを守らなければという、強迫観念にも似た想いからくるものだろう。



ホント、女に甘ぇうえにお人よしだから、すぐに騙されるけどな。
懲りないヤツだよ。
女郎蜘蛛の時もそうだった。
蟲宮城で、声がしたと思ったらいきなり上から降ってくるし。あの時は心底驚いたぜ。
女のことなら。女を守るためなら、何でもあっさりと信じるバカだ。
薄い背中を外敵に晒しながら、計算のないわかりやすい優しさで接する。




――――――でもさ。




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