【 12月の空に 】
| やりきれなさだけが残るような仕事の後は、すぐ隣りにある温もりに救われる。 同じを思いに胸を煩わせているふたつの魂のよりどころは互いだけだ。 そんな時は、存在を確かめたくて温もりに触れることがある。唇を触れ合わせて、そこから思いを押し込むようにすることがある。 だが、押し込められた互いの思いの行き着く先を確かめたことはない。 求め合っている者同士が口づけを交わせば、それだけでは済まなくなることなど判りきっていたことなのに、唇を離すと寂しそうに微笑むだけで何も言わない銀次に甘えて、蛮は誤魔化し続けてきた。忌まわしい右手で深く触れれば、銀次は壊れるに違いないのだ。 でも。 今日もあまりのやりきれなさに、多くもない報酬で安酒を煽った。残念なことに、安酒では寒いこの季節には酔えないことが判った。そんな不満を洩らす蛮に、銀次は、こんな仕事の後は蛮を近くに感じられるだけで救われるのだと、穏やかに笑った。胸がつまって、うまく声が出せなくなった蛮は、言葉の代わりに銀次を引き寄せ、口づけた。 寒さのせいなのか、アルコールのせいなのか、触れ合った唇は戸惑いを感じるほどに熱く、離し難いものだった。それは深くなるごとに甘い痺れさえも呼んで来た。 長くなる口づけに、銀次は無意識に蛮に身体を押し付けた。引き寄せている蛮の腕にも力が込められてゆく。それでも足りなさを感じるのか、銀次は蛮の背中に回した指で後ろから蛮の肩を引き寄せた。シャツ越しにでも互いの肌の下の筋肉と熱が感じられるほど近くなる。その熱さに、我に返った蛮が慌てて唇を離すと、銀次は微笑まずに囁いた。 「俺、蛮ちゃんをもっと近くに感じたいよ。」 その吐息の熱さに蛮は眩暈を憶えた。 「いつも、そう思ってた。」 止まらなくなる、腕を解けと頭の中で叫ぶ声がする。 「俺だけ?」 蛮は銀次の揺るぎない視線から逃れるように目を伏せた。 「…」 何も言わない蛮に口づけてから、銀次は蛮の肩に顔をうずめた。 「ねぇ…俺だけなの…?蛮ちゃん」 くぐもった声が蛮を揺さぶる。そして、次第に肩が濡れてゆくのに気づいた。 …こんなのは堪らない…。 「銀次、」 「…」 「銀次」 蛮が髪を梳くように頭を撫でてやると銀次はゆっくりと顔をあげ、涙溢れるまま、蛮を見つめた。 「泣くな」 蛮の長い指が銀次の頬を伝う涙を拭う。 「蛮ちゃん…」 蛮の真意を求めて止まない銀次の瞳の色が深くなる。 「…どうなってもしんねぇぞ」 乱暴な物言いとは裏腹な、真剣で深いまなざしに銀次は震えた。 「俺、壊れたりしないから。」 銀次は判っていたのだ。蛮は息を呑んだ。 「銀次…」 緊張を隠しきれない掠れた声に、温かな声が重なる。 「蛮ちゃん、」 シートに身を沈めた銀次を包み込むようにして、蛮は銀次に口づけた。 研ぎ澄まされた空気に包まれる冬の朝、蛮は煙草をふかしながらひとり佇んでいる。 眠っている銀次の寝顔は安らかで、子供のようにも見えて、蛮はひどく安堵した。 銀次は壊れなかった。それどころか、どこまでも温かく蛮を受け入れた。 蛮は、不幸と破滅しか呼び寄せないはずの自分が幸せであることに気づいてしまった。 だから、ゆうべ、密かな決意をした。 「おはよう、蛮ちゃん。いい天気だねー」 「おう」 柄にもなく気恥ずかしさに、蛮は声の方に向けずにいる。 きっと銀次はそのことに気づいているのだ。そのままの位置で蛮に言う。 「蛮ちゃん、あのね、俺、すっごく幸せ。」 照れ隠しなのだろう、銀次は調子外れの鼻歌を歌いだした。 蛮は、胸がいっぱいで、いっぱいで、空を仰ぐことくらいしか思いつかなくなる。 だから、せめて、自分が生れ落ちた12月の空に、ゆうべの決意を誓おうと、空を仰ぎ見た。 銀次の前では決して泣かない。 銀次の前では決して泣かない。 銀次の下手な鼻歌が止んだ。 「蛮ちゃん…?」 空を仰いだまま、蛮は、まだ動かない。 END |
written by 凛々
凛々さま宅の美堂様お誕生日小説を再び江戸っ子の心意気でがっつり頂いてきました。
この素敵な雰囲気に思う存分酔うがいい!
ハンカチ必須です。
蛮ちゃんが泣かないので、代わりに雪が泣いてみる。
切ない。
めっさ切ないです!
ラヴなのに、なぜこんなに遣る瀬無い切なさが漂うのかと!書き出しからして、もう大好きな感じです。キュンキュンきます。
蛮ちゃんの密やかで強い決心が、報われますように。
永遠の18歳のお誕生日、おめでとう。
銀乃 雪
2003.12.20
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