【REBIRTHDAY】 # 2


雷帝は玄関わきの壁をずるずると伝い落ちてそのまま座り込むと、部屋の中をキョロキョロと見回した。一目で見渡せてしまう程度の大きさの部屋だが、無限城で暮らす彼にはもの珍しいのだろう。
燃費の悪いストーブがやっと部屋を暖め始めたので、蛮はジャケットを脱いでパイプベットに放り、食べ残した弁当に取り掛かる。
雷帝は抱えた膝に頬をのせて、黙々と咀嚼する蛮の喉元辺りをぼんやりと眺めていた。
「……食うか?」
なんとなく所在無くて、蛮は言ってみた。
男はかけられた声についと顔を上げる。そんな反応の仕方に、動物みたいだと思った。
テーブルの上のオニギリを1つ取り、少し迷って買い置きの缶コーヒーを取り出すと一緒に投げてやる。
雷帝はそれを受け止め損ねて、床を転がる缶とオニギリを慌てて追いかけた。
四つん這いで追いかける姿が可笑しい。
やっとオニギリを拾った雷帝は、しかしそれを持ったままじっと見ているだけだ。
「食わねーのかよ」
折角人がやったってのに。
不機嫌に言うと、雷帝は戸惑った顔でこちらを見た。
その様子にピンと来た。
仕方なく床にぺたりと座った男の傍に寄ると、手からそれを取り上げてラッピングを剥いてやった。
蛮の手元をきょとんと見ていた雷帝の瞳が、みるみるうちに大きく見開かれてゆく。恐らく、コンビニのオニギリなど初めて手にしたのだろう。
「ほれ」
差し出されたオニギリをおずおずと受け取る雷帝の視線は、蛮の手にあるオニギリの抜け殻(のビニール)に釘付けのままだった。
そんな様子に笑いをかみ殺して、お節介ついでに缶のプルにも手をかける。
やれやれ。どこのお姫様だよ。
「無限城にコンビニはねえよなぁ」
プルを抜いて床に置いてやると、
「ありがとう…」
雷帝は消え入りそうな声で呟いた。
この世の異世界からやってきた昨日の敵が、しかも雷帝と呼ばれる帝王が、自分の何気ない日常に戸惑う様子は妙に可笑しくて、思わず喉奥で笑った。
雷帝は肩を揺らす蛮を不思議そうに見上げると、つられたのか、それとも安心したのか、少し笑った。
ややぎこちなく、しかし春の雪解けのように柔らかく。
本当に、嬉しそうに。
濡れた様に光る琥珀色の瞳の焦点を、しっかりと蛮に合わせて。



そんな雷帝の目を見た途端、蛮は笑いを止めた。



不意に腹の底から湧き上がった、憤慨の如く焼けつく感情。
よみがえる記憶。
あの無限城で闘った時も、そうだった。






その瞳の奥に、酷く神経を逆なでする色を見つけた気がしたのだ。






突然無表情になった蛮に気付くと、雷帝は何か失敗をしてしまった子どものように顔を強張らせる。
蛮は雷帝の戸惑いを無視して、射るように見据えると口を開いた。
「どうしてここがわかった?」
その言葉に雷帝は慌ててポケットを探り、何かをそっと差し出してきた。
それはHONKY TONKの店名の入ったマッチ箱だった。箱は大きくへしゃげて所々汚れており、中は空だった。
蛮のポケットに入れっぱなしだったものが、雷帝との闘いの際に落ちたのだろう。よくぞ燃えずに残っていたものだ。そして、よくぞこの男はこれを見つけたものだ。
「そこに行ったら、お店の人が教えてくれた」
ここに来てはじめて、まとまった意味を成すことを雷帝は喋った。
「波児のヤロー、余計なことを…!」
蛮が舌打ちしてマッチ箱を握りつぶす。
「あ!!」
「あ゛あ゛?」
雷帝は飛び掛るようにして蛮からマッチ箱を奪い返すと、大事にそれをポケットにしまった。まるで宝物を扱うような慎重さだ。
なんだコイツ?
雷帝は少し逡巡した後、意を決したように顔を上げると、いぶかしむ蛮を真正面から捉えて言った。
「オレ、あんたに逢いに来たんだ」
「だから、何の用だよ」
「あんたに逢いたくて…」
「だから、何をするために俺に逢いに来たのかってきいてんだろーが!」
「あんたの傍にいたくて」
苛立って半ば怒鳴る蛮の声に、雷帝のその一言が重なった。


「無限城を出てきたんだ!」






「…………はい?」



ちょっと待て!
ちょっと待てよ!どういうことだ?無限城を出てきた?この雷帝が?
呆気にとられる蛮に、
「オレをここに置いてくれないか」
頼むというよりはむしろ強要するように、雷帝は先ほどまでとは打って変わり、決意に光る強い瞳で言い放った。
「……おい、コラ。ふざけんじゃねーぞ。ウチは難民キャンプじゃねーんだ」
少しの間の後、雷帝の言葉がやっと脳に到達した蛮の声が地を這う。
「無限城を出るのはテメーの勝手だが、なんで俺が面倒見なきゃならねーんだよ!自分でどうにかしろよ!」
「でも…」
「でももクソもねーよ」
「オレはあんたの傍にいたくて来たんだ。それなのに他へ行く意味は無い!」
なんという言い草だろう。
雷帝は自分がさも正しいと言いたげに挑みかかってくる。しかし蛮から見れば理屈もへったくれも無い、無茶苦茶な論理だ。あまりの尊大さに蛮の血管が音を立てて切れた。
「したいからする?テメーのいたお城はしらねーが、そんな理屈はここじゃ通らねーんだよ!甘ったれんなバカヤロー!」
蛮はギリギリと拳を握った。
自分が負わさせた傷の残る人間を目の前に、何をいけしゃしゃと言いやがるんだ、この男は。
「なんでもテメーの思い通りになると思うな!!」
「美堂蛮…」
怒りも露に怒鳴る蛮に、雷帝は怯む風もない。
ただ、涙の粒のように小さくその名を呼んだ。
蛮を見上げる瞳は、縋るようで、懇願するようで。
そして、その奥に、確かに息づく炎。
甘くて、激しい――――――。
蛮は、何とも言いようの無い荒んだ気持ちにさせるそれから目を引き剥がすと、
「いいか、今夜は泊めてやる。ウチの前で凍死されたら困るからな。でも明日になったら叩き出す!」
最後通牒の如く有無を言わせぬ勢いで言い捨てた。
もうこれ以上言うことは無いと、鼻息荒く毛布を一枚男に投げつけて、自分は布団にもぐりこむ。
背を向けて丸まった蛮の背後から、

「……だって、アンタ、オレの名前を呼んでくれたから……」



天野銀次、と。



呟いた声は儚く空気に溶けて。



蛮は振り切るように無理やり目を閉じた。





今夜は眠れないだろう。