【REBIRTHDAY】 # 1


本当はいつだって、音にならない声をあげて泣き叫んでいた。






パチンコで久しぶりに大勝ちした。
11月の夜気はさすがに堪えるが、懐はあたたかい。近所のコンビニに寄ると、奮発して特選焼肉弁当とオニギリを2つ、そして朝食用にパンを買った。ついでに、少し値段が高い缶コーヒーも。
蛮は機嫌よくアパートの階段を登る。
今夜は布団に包まって、読みかけの本を読もう。
久しぶりに煩わしい厄介ごとやシゴトから開放されたし、カネもある。先日負った傷も大分よくなってきた。
当分は怠惰に過ごすことができるだろう。
珍しく鼻歌など歌いながら部屋の近くまで来た時、その影を見とめて蛮の足は止まった。
何かが蛮の部屋の前に蹲っている。

酔っ払いか?

新宿の路地裏という立地柄、このアパートには夜の仕事をしているものや素性の怪しいものが多い。
時には酔っ払いが大暴れすることもあった。
折角機嫌よく帰ってきたのに興を削がれて、蛮は眉根を寄せた。
ゆっくりとその影に近づく。
廊下の蛍光灯は切れかけているのか薄暗くて、蹲っているのが若い男だろうということしかわからない。
足音に気付いたのか、その男がゆっくりと顔を上げた。
こちらを見上げる、その顔は………。


「お前……!」


ドクリと心臓が大きく脈打つ。





それは、無限城の雷帝と呼ばれる男だった。





「……そこ、俺の部屋なんだけど」
すわ敵襲かと思ったが、相手からは全く殺気も闘気も感じられない。それどころか、覇気なくぼんやりと蛮を見上げている。やや拍子抜けして、とりあえず声をかけてみた。
「邪魔だっつってんの」
「…………」
無反応な相手に短気な蛮は苛立った。
「どけよ」
「オレ……」
男は落ち着き無く視線を漂わせて何か言いかけるが、言葉が見つからないのか結局口をつぐんでしまう。
男が立ち上がった拍子にその脚の間に挟んでいた傘が倒れて、夜の廊下に大きな音が響いた。
「何だよ、もう一度俺とサシでやるってか」
「違う」
思わぬはやさで否定されて蛮は少し目を見開いた。しかし相手は蛮と目が合うと逃げるように俯き、黙ってしまった。
要領が得られないまま蛮はため息をつくと、男を押しのけてドアの鍵を開けた。
入り際にちらりと横目で見てみれば、雷帝は俯いたまま木偶の坊のように突っ立っている。
蛮はそのまま男の目の前で扉を閉めた。



荷物を適当に放り出すと、冷えた部屋を温めるためにストーブをつけた。
とはいえ、古いストーブではなかなか温度は上がらないので、蛮はダウンジャケットを着たままテーブルに弁当を広げる。ビニール袋の擦れる軽い音が6畳一間に響いた。
隣接した部屋の気配も外の音も、ボロアパートの薄い壁越しには筒抜けになる。
そして薄いスチールのドアの向こうからは、今もあの男の気配が感じられた。
拳を交えたあの雷帝とは思えないほど、酷く弱弱しい気配。
そういえばもう冬だというのに、随分と薄着だった。
自家発電のできる野郎は、寒さにも強いってか。便利なこって。
「…………」
外の気配に気もそぞろで、折角買った焼肉弁当がなんだか味気なく感じる。
「〜〜〜〜〜!」
畜生!
苛々するぜ!
あまりにあからさまな気配は否応無しにその存在を感じさせて、無視したくてもできなくなる。しかも相手はあの雷帝だ。気になって仕方がない。
そして、雷帝との闘いで負った傷はまだ完全に癒えることなく蛮の身体に残っており、こんな寒い夜には特に疼くのだ。
蛮は頭を抱えた。
今夜はだらだらと自分の時間を過ごすつもりだったのに!
暫く頭を抱えた蛮は、やおらペットボトルのお茶で口内に残っていた肉を一気に流し込み、勢いよく立ち上がった。そのままどかどかと玄関に向かう。
荒々しくドアを開けると、雷帝はずっとそのまま立っていたのだろうか、ドアを閉めた時と同じようにそこにいた。
ただ、俯いていた顔が跳ね上げられて、びっくりとしたように蛮を見た。
「いつまでもボーっとつったんでじゃねーよ」
「ご、ごめんなさいっ」
怒鳴って追い払おうとしたのに、素直に謝られて蛮は言葉に詰まる。
しかもその物言いが意外なほど幼い。
「…………中に入れ」
思わず口をついて出たが、言った途端蛮は後悔した。
追い払うつもりだったのに、なんで・・・。
「え?」
「話があんだろ?」
夜目にも色素の薄い瞳が何度か瞬きを繰り返す。
「そうじゃないならどっかに消えろ」
蛮がドアを閉めようとすると、雷帝は慌てて敷居をまたいだ。どうやら、入室を許されたことを理解するのに時間がかかったようだった。
雷帝ってこんなヤツだったか?
目の前で靴を脱ぐ男の旋毛を眺めて、蛮は首をかしげる。
そして、自分がなぜこんな男を家にあげる気になったのかも。
しかし、ひとつだけ確実なことがあった。



本は諦めざるを得ないと、蛮はため息をついた。