【誰にもいえない】


どすんと重量感のある音を立てて目の前に置かれた塊に、銀次の目が丸くなった。
「……コレ、なんですか?」
「肉です」
「ニク?」
オウム返しで問う銀次に、
「はい。熊の肉です」
にっこり。
赤屍はいつものアルカイックスマイルを浮かべて答えた。




HONKY TONKに突如現れた赤屍は、いきり立った蛮を素通りしてその後ろで怯えている銀次の前に立つと、「どうぞv」という言葉とともに、手にした荷物をカウンターにのせたのであった。
「赤屍ぇ!!テメー!!」
「あの、何で熊のお肉なんでしょうか…」
「テメー!よくもノコノコきやがったなぁ!」
「美堂君。少しお黙りなさい」
次の瞬間、赤屍のメスが蛮の眼前に突きつけられた。寸でのところで止められたそれを、蛮は無言で見つめたあと、赤屍をギリギリと音が鳴るほど睨む。
「私は銀次君とお話がしたのです」
「僕は特にお話は…」
「銀次君」
「ハイ。お話します」
こくりと銀次が頷くのを赤屍は満足そうに見やる。銀次にシャツの裾を引っ張られて、蛮は不満そうに鼻を鳴らすと、銀次の横にどかりと腰を下ろした。
カウンターの向こうで新聞を読んでいた波児は、蛮と赤屍のバトルが回避されてほっと胸をなでおろした。
「熊。銀次君お好きでしょう?」
「え?特にそういうわけでは」
「おや、そうでしたか…」
赤屍の少々がっかりしたような声音に、銀次はなぜか焦って必死に記憶を探った。
そういえば、マドカちゃんを奪還しに行った時、ヘリが墜落して荷物が燃えちゃったから、赤屍さんが熊を食料かわりに獲ってきたんだっけ…。
あの時自分は怪我を治すためもあって、焼いた肉の殆どを食べた気がする。美味しい!といいながら。(ちなみに、赤屍がモノを食べる姿を初めて見て「赤屍さんも食事をするんだ!」と驚いたことは内緒だ)
「あのぅ…森の中でのこと、覚えてくれてたんですね」
少し感動して、しんみりと銀次が呟く。
「……ついでがあったので持ってきただけです」
何のついでで熊の肉なんか持ってくるんだ!!と蛮は隣で繰り広げられる寒々しい会話に心の中で突っ込みを入れた。なんだか馬鹿馬鹿しくなってきて、煙草に火をつけるとドアの外へ目をやる。ああ、今日もいい天気だ、チクショー。
「いえ、嬉しいです。ありがとうございます」
お人よしの銀次は、たとえ赤屍でも好意を示されたことがわかると嬉しくなり、微笑みながら礼を述べた。
「…………いえ」
赤屍が俯く。大きな帽子のつばに隠れてその表情は見えない。
波児が新聞を持ち直す音が、訪れた妙な間にガサガサと響いた。
「赤屍さん……?」
「では、またついでがあったら持って来ましょう」
「ええ?!」
「お好きなのでしょう?」
「いえ!あの、熊は嫌いじゃないですけれど、でも、非常食なわけで。お肉は他にもありますしっ」
「迷惑でしたか」
「ああ、迷惑だね。どーせテメーが仕事ついでに仕留めてきたんだろう?人間殺すのと一緒に殺された熊の肉なんざぁ気色悪くて食えるかってーの」
「に、人間と一緒?!」
「人肉でないだけましだと思え」
蛮の衝撃的な言葉に銀次は床がぐらりと傾くような感覚を覚えた。
「だいたいクソ屍の持ってきたもんなんか食えるかよ。それより金でも持ってこいつーの」
「ば、蛮ちゃん!」
ヒュッと鋭い音を立てて、メスが数本カウンターに突き刺さる。
「ひえ!」
「…………美堂君。貴方とは決着がついていませんでしたね」
先ほど回避したはずの一発触発の危機が再び訪れて、間に挟まれた銀次はうろたえた。
「蛮ちゃん!折角赤屍さんが持ってきてくれたんだよ。そりゃ殺すのはいけないけれど、でもそんな風に言わなくたって……」
慌てた銀次は中身の少ない脳みそを働かせて、蛮をたしなめる作戦にでた(赤屍には怖くて意見できない)。しかも赤屍は、理由は謎だが一応好意らしきものを示してくれたのだ。それを無下に踏みにじることは、いくら相手が赤屍であっても銀次にはできなかった。
「お前、コイツを庇うのかよ」
「庇うんじゃなくて、そこまで言わなくてもいいじゃないっていってるの!」
「庇ってんじゃねーか。こんな殺人鬼を。お前だって痛い目にあってきてるだろう」
「うっ。たしかにそうだけど」
「銀次君。私は人を切り刻むのが好きですし、今回も仕事帰りです」
動揺したふうもなく淡々と事実を告げる赤屍が、銀次にはなんだか寂しく思える。
「赤屍さんにも、いいところがあるんだよ」
「どんないいところだよ」
「え、えっと…」
銀次が口ごもる。それ見たことかと、蛮がため息をついた。
「赤屍さんは、ハンサムだし!」
「は?」
咄嗟に銀次が叫んだ言葉に、蛮の目が点になる。確かに綺麗な造作の顔といえるのかもしれないが、ハンサムという形容詞を赤屍に当てはめるのは背筋が凍る。
そんな蛮の様子に気付かないのか、銀次は無理をしています!というような強張った顔で続けた。
「強いし!背が高いし!髪の毛黒いし!いつも変な格好だけど、なんとなく似合っているし!!」
「それに…」
「それに?」
「なんと、死なないんだよ!」
「お前……それ、褒めてる?」
死なないなんて、化け物だと言っているのと同義だ。
「う……」
「…………銀次君。無理しなくてもいいんですよ」
それまで黙っていた赤屍がぽつりと口をはさんだ。
「でも、オレ、赤屍さんが無限城でも森の中でも、殺さないでいてくれたこと覚えてます」
赤屍の表情は帽子の影になって、相変わらず銀次と蛮には見えない。
「オレが殺さないでって言ったの、きいてくれたんですよね。少なくとも、赤屍さんはオレの話をちゃんときいてくれる人です!!」
銀次は、蛮ではなく赤屍に勢い込んで訴えた。
「銀次君……」
「はいっ!」
「今度は牛肉を持ってきます」
「はいっ!…………ええ?!」
「それでは、お邪魔しました」



ぽかーんと口を開ける銀次をしり目に、赤屍は長いコートの裾を優雅に翻すと、来た時と同様の唐突さで去っていった。
「どうすんだよ、アレ。また来るぜ…」
うっかり勢いに乗って「はい!」なんて返事をしてしまった銀次を、蛮は恨めしく睨む。天敵相手なのにちょっと好意を示されればこれだ。結局自分で自分の首を絞めている。お人よしも之極まれりだ。
しかもヤツがどのような思惑で好意を示してるかなんて、全く気付いてない。プレゼントなんて、相手を落とす基本なのに。
「うぅ…。どうしよう〜」
情けなく泣きつく銀次をとりあえず一発殴って、蛮は新しい煙草を銜えた。




一方、波児は……。
実は、ずっと新聞の影で青い顔をしていた。
蛮と銀次の座るスツールよりも低い椅子に腰掛けていた彼には、見えてしまったのだ。帽子に隠れた赤屍の顔が。
銀次が肉の礼を言った時、赤屍の顔は耳まで赤かった。今はまだ日が高く、夕日に照らされていたわけではない。また店内の照明も赤みを帯びたものではない。確かに、彼の顔が赤くなっていたのだ。それを見た瞬間、波児は思わず新聞を滑り落としてしまった。
赤屍が銀次に興味を持っていることは、薄々わかっていたことだった。

しかし……。



あの赤屍が、銀次の笑顔に照れるなんて。





俯いて、恥らうなんて、そんなこと……。







恐ろしくて誰にも言えない。



END



またつまらぬものを書いてしまった……。(五右衛門)
書いてる私も恐ろしいよ!って感じで。今度のバカ話は赤屍さんでいってみました。
コワー。こんな赤屍さん気持ち悪いですな。
とりあえず、狂牛病には気をつけてお肉を選んでくださいと赤屍さんには言いたいです。
ところで熊の肉って美味しいのでしょうか?
なんだか硬そうだけど…?



2003.10.7



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