【can't take my eyes off you】 3



ほんの一瞬触れただけの彼の唇の冷たさが、伝染する。



取り戻したひとかけらの冷静さが、見て見ぬフリをしてきた虚しさに気付かせる。



――――――こころが、冷える。



目をうっすら開けて、オレは顔を離した。
頭を起こすと、蛮ちゃんの襟元に目がいった。震える指先で、上からボタンをはずしてゆく。
はだけたシャツの隙間から、そっと手を入れてみた。
恐る恐る触れた蛮ちゃんの肌。
いつも抱きついたりしているのに、まるで初めて触ったような気がする。


「銀次」
この部屋に入ってはじめて、蛮ちゃんが俺の名前を呼んだ。
蛮ちゃんの声はひどく優しかった。でも、いたわるような声音に、かえって心臓が締め付けられる。

掌の下の肌は、あたたかい。
こんなにあたたかいのに…………。
「…っ」


「銀次、泣くな」
「…………チクショウ。チクショウ!チクショウ!!」
ぼたぼたと落ちる涙が蛮ちゃんの裸の胸を濡らしてゆく。



触れた瞬間、鳥肌を立てた彼の肌。



指から伝わる蛮ちゃんの体温はオレを温めるのに、蛮ちゃんの肌はオレに触れられることを拒否する、その容赦ない現実。それがオレの目をやっと覚まさせた。
オトコと寝ようなんて、蛮ちゃんが思うはずもなく、ましてや押し倒されることなんか許すはずもない。それでもオレにそうさせたのは、彼なりの精一杯の譲歩だったんだ。
オレはいつも自分のことばかりで精一杯になっちゃって、蛮ちゃんがどれだけオレを許してくれているのか気付くことができない。気付くのは彼の好意に甘えたその後だ。
何でオレは気付けないんだ?!なんで、いつも……。
悔しくてしょうがない。今度は自分の不甲斐なさが腹立たしい。


「銀次、もういいから」
蛮ちゃんが腕を伸ばしてオレの頭を抱き寄せた。されるがままに、オレは蛮ちゃんの胸に抱きこまれる。

甘えて、助けられて、そのうえまだ足りずに、オレを見てもらいたいと思っている。
オレだけを見てもらいたいと思っている。
なんて。なんて我侭で、貪欲な。


「蛮ちゃん。ごめんね。ごめんね」
「いいから。なにも謝ることなんかねーよ」
「オレ、ただ知ってほしかったんだ。オレが蛮ちゃんをいつも見ていること。……ただ蛮ちゃんの気を引きたかっただけなんだ」
言葉にしてみると、あれほど持て余していた感情はなんて幼稚なんだろう。
「オレが蛮ちゃんを見ているのの半分くらいでいいから、蛮ちゃんもオレを見てくれたらって…」
胸に顔をうずめて泣きながら話すオレの頭を、蛮ちゃんは小さな子にするようにゆっくりと撫でてくれる。
「オレ、余裕がないから。蛮ちゃんみたいに強くないし、余裕がなくて。いつも自分のことと蛮ちゃんの背中をおっかけることで、いっぱいになっちゃんだ」
「…………俺だって余裕なんかねぇーよ」
黙ってオレの話を聞いていた蛮ちゃんがポツリともらす。その思いがけず細い声に、オレは顔をあげた。
「お。やっと見たな」
蛮ちゃんはニヤリと笑った。
オレは手を伸ばして慎重に彼のサングラスを外した。綺麗な青い瞳があらわになる。
不現の瞳。
その中にオレの姿が揺れている。
「俺は、ずっとこのクソ忌々しい目に縛られて生きてきた。眼鏡越しにしか外をみれねぇし、俺の目を覗き込む酔狂なヤツなんかいなかった。今だって、いつもその黒いガラス越しに世の中を見てる」
蛮ちゃんの指が泣き腫らしたオレの目元をなぞる。
「でもお前だけは、ガラス越しじゃねぇ。そして、このオレ様の目を見れるのはお前ぇだけだ」
「…………蛮ちゃん!」
オレは思わず蛮ちゃんの首に抱きついた。
「…………オレ、少しは自惚れてもいいのかなぁ」
「ふん。少しなら俺様が許してやらぁ」
クックックと蛮ちゃんが笑うのが、身体の揺れで伝わってくる。それがなんだかくすぐったくて、オレも笑った。
「蛮ちゃん、ゴメンね。気持ち悪かったでしょう?」
「ああ?」
「オレ、こんなとこ連れてきちゃって、こんなことして……」
「…………おい。銀次君?」
「鳥肌立っちゃったもんね」
「銀次、お前、俺の話聞いてたか?」
「うん。オレだけが蛮ちゃんの目を見ていいんだよね。オレね、女の人に嫉妬するのやめる」
蛮ちゃんはなぜか苦悩するように頭を抱えた。オレの言葉、足りないのかな?
「オレだけが蛮ちゃんを見ていいなら、蛮ちゃんが他の人を見るの、我慢する」
「おまえ……」
「蛮ちゃん。苦しいっ」
「うっせぇ。我慢しろ」
突然強く抱き寄せられて、オレは一瞬息が止まった。蛮ちゃんに訴えても緩めてくれなくて、オレの首筋に顔をうずめるように抱いてくる。
苦しいのに、ひどく心地良い。そして、心地良いのに、なぜか泣きたくなった。
「蛮ちゃん?」
「お前さぁ……。あのな、一つ覚えておけ。俺が鳥肌立ったのは、別に嫌だったからじゃねーよ」
「そうなの?あ、寒かった?」
「ちょっと黙れ」
「あい」
「嫌だったからじゃない。気持ちよかったからだ」
「いいの?」
「ああ」
「そっかぁ。よかったぁ」
「ああ?」
「オレもね、こうしていると気持ちいい。あたたかいね、蛮ちゃん」
触れ合う裸の肌が、お互いの体温を伝え合う。
雪山で遭難した時に抱き合うってゆーの、きっと本当なんだね。
「……もっと気持ちよくしてやろうか?」
「…………ん」
耳元でささやく蛮ちゃんの吐息がくすぐったい。


感情を吐き出してしまったら、なんだか、とても安心して。
全身で感じる蛮ちゃんがとてもあたたかくて、優しくて。


「おい、銀次?」


蛮ちゃんの腕の中、オレはやわらかい眠りの中に落ちていった。





「そんなに心配しなくたって、オメーのことしか見てねぇっつーの」





蛮ちゃんがため息混じりに漏らした言葉は、オレの耳に届かぬまま……。



END






…オカシイ。当初の予定では、「甘いのが〜」の銀次Ver.のような、バカ話になるはずだったのに(涙)。銀ちゃんの1人称の難しさを痛感しました。おバカ口調にすると、普通の言葉を使って悩む銀ちゃんが書けなくなる…。もうどうしたらいいのやら(泣)。
書き出したときに付けていたタイトルは別のものでしたが、当初のイメージから大きく外れたので最後に付け直しました。芸のないタイトルだなぁ。ちなみに、もとのタイトルは「セクシーセクシー」。リベンジしてやるぅ、チクショー!


2003.10.3



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