【can't take my eyes off you】 2


「エッチしようか」


暫くの間見開かれていた蛮ちゃんの目は、やがてオレの真意を見透かそうとするかのように眇められた。
「さっきから何言ってんだ、ボケ。いい加減にしろ」
蛮ちゃんは落ちてしまった煙草の火を、舌打ちしながら踏み消す。その声に、苛立ちが混じった。

オレは勢い良く立ち上がると、目の前にあった蛮ちゃんの右腕を掴んだ。
「おい、銀次」
かけられる声には答えないで、蛮ちゃんを引っ張るように歩く。
いつの間にか太陽は地平線の下に落ち、蛮ちゃんの瞳の色よりも暗く染まった空の下、看板と街頭にあかりが灯りだした。点滅するイルミネーションを横目に、寝泊りしている愛車を置いた場所へと無言で歩く。
口を開いたら、駄目な気がしたから。何か、言い訳をしてしまいそうだった。
こういうのってきっと勢いが大切なんだ。
「銀次!」
低く短く呼ぶと、蛮ちゃんはオレの手を振り払って立ち止まった。
…………しまった。
何でよりによって右腕を掴んじゃったんだろう(蛮ちゃんの右腕には絶対にかなわない)。
すると、唇を噛んで俯いたオレの腕を、今度は蛮ちゃんが引っ掴み、そのまま歩き出した。
てんとう虫くんとは反対方向に。
「車じゃ狭いだろう」
それは了承の返事と同じだった。何が彼をその気にさせたのかわからないけれど、蛮ちゃんの顔を斜め後ろから見ながら、オレは強い力に引き摺られるようにして歩いた。



連れてこられた場所は、いわゆるラブホテル。
男同士でこういう所って来ていいのかなぁ…。
「人と顔合わせないで入れるんだよ」
疑問が思いっきり顔に出ていたのか、オレが口を開く前に蛮ちゃんが答えた。
「しかも、ここは新宿だぜ?」
蛮ちゃんはうっそりと笑う。
無限城ほどの無法地帯ではないけれど、ここはこの国一番の歓楽街だ。男同士が何をしようが珍しいことじゃない、ということらしい。
「でも、メイワクじゃないのかなぁ」
「アホ。こっちは客だ」
手際よく部屋を決めると、オレを引いて廊下を歩く。
とにかく全てが初めてのオレは相変わらず腕を引かれて蛮ちゃんの後についていくだけで、これじゃあどっちが誘ったのかわからない。
ドアを開けた瞬間、背中を突き飛ばされて、そのまま転がるように部屋の中に入った。
「さぁて、ナニをするって?」
無様に尻餅をつきかけた俺を見下ろして蛮ちゃんが言う。


余裕だ。


蛮ちゃん、余裕なんだ。
どうせ思いつきで突拍子もないことを言い出したとか、口だけで何もできないとか、そんな風に思われてるんだ。
試されている。
そう思うと、さっき感じた以上の悔しさがこみ上げてきた。
喉奥から吐いてしまいそうな衝動に突き動かされて、床から跳ね上がると、蛮ちゃんの胸倉を掴みそのままベットに押し倒した。
蛮ちゃんは押し倒された衝撃にも眉一つ動かさず、なされるがままだ。そんな蛮ちゃんを真下に見下ろして、今までこんな位置から彼を見たことなんてなかったことに気付いた。
蛮ちゃんは何もしない。何も言わない。ただ、じっとオレを見ている。
サングラスの向こうの、世界を睥睨する目が、静かにオレを見ていた。
いつもならその瞳から目をそらすことなんて絶対にしないのに、喉もとにまでせり上がっている混沌とした感情を暴かれるのが怖くなって、オレは俯いた。そのままベストを脱ぐと床に放り投げ、Tシャツに手をかける。
Tシャツを脱ごうとして、自分の手が細かく震えていることに初めて気が付いた。
首から抜こうとしたTシャツが腕にひっかかって、うまく脱げない。
…………格好悪い。
震えていることも、服すらうまく脱げないことも、真下の彼には筒抜けのはずだ。
そう思うと、余計に焦って、情けなくて。ようやく服から頭が抜けた時には、頭に血が上ってくらりと眩暈さえ感じた。
何をどうすればいいかなんて、全然わからない。
ましてや、オトコ相手のやりかたなんて余計にわからないけれど、ここまで来て引き下がるわけにはいかないんだ。
蛮ちゃんの顔の両わきに手をついて、腕の震えが止まるように体重をかける。
そのままゆっくりと顔を下ろす。
蛮ちゃんはずっと無言のまま、オレを見つめていた。オレの顔が彼のそれにギリギリまで近づいても、目を閉じることさえしない。
オレは耐えられなくなって、目をつぶった。




初めて触れた彼の唇は、少しかさついていて、冷たかった。








ば、ばんぎんです。これでも…。
どうしてこんなことにぃ。