【ReAL+L】
| 「おい、カミナリ小僧」 声と同時に脚を蹴られた。軽い痛みが走る。 「蹴らないでよ…」 とりあえず文句を言ってスプリングの飛び出した古いソファーに起き上がると、美堂が両手をポケットに突っ込んだまま銀次を見下ろしていた。 「出掛けっぞ」 「出掛けるって……どこに?」 「アホ。メシ買いに行くんだよ」 メシ……。 小首を傾げ、暫し考えてみる。 言われてみれば、腹が空いたような気もした。 「ぐずぐずすんな。トロくせーヤツだな」 美堂は苛立ちの滲んだ声で吐き捨てるように言うと、今度はソファーの脚を蹴り飛ばす。そして銀次を待たずにさっさと踵を返した。 肩に引っ掛けていた上着の袖を腰で結んで、銀次はその後を追った。 何で自分はこんなオトコと一緒に居るのだろう、と再び首を傾げて、前を歩く美堂の背中を眺める。 やることが一々乱暴。 短気だし。 人のことすぐに殴るし、蹴るし、怒鳴るし。 柄悪いし。……無限城育ちのオレに言われたくはないだろうけど。 おまけに金遣いが荒いとくる。荒いというより計画性がゼロ。 考えれば考えるほど、どうしようもないコトばかりが浮かんできて。 一緒に居て良い事なんてひとつも浮かんでこない。 美堂には気づかれないようにため息を一つ零しながら、銀次は空を仰いだ。 初夏の陽光が目を焼く。眩しく目を細め、片手をかざせば、数羽の鳩が逆行の中黒い影となって視界を横切った。立ち止まって、その行く先を追い駆け首をめぐらせる。鳩の終着点はビルの隙間に緑が覗く公園だった。 爽やかな風に揺れる新緑。 明るい日差し。 飛び交う鳥たち。 街の、ざわめき。行きかう人々の服装はどれも清潔で、表情は穏やかだ。 目に映るのは、柔らかい午後の一瞬。 ふと、銀次は視線を落とした。短い自分の影が足元を覆っている。 靴で数回路面を引っかくように擦ってみる。ゴムの靴裏に感じるのはざらついたアスファルトの凹凸。トントンとつま先を打ち付ければ、硬い振動が足指に伝わる。 確かに今オレは、地面に立っているんだ。 俯いたまま、何かを見定めるように目を眇めて考える。 無限城を出てから、銀次は時折こうして目前に現れる事柄を一つ一つ確かめ、自分の中で整理する作業をしていた。いくつかの切れ端のような事実を、胸の小箱に収めて分類する。 それは、磁石を持たず、手当たり次第に目標物を白紙にかき込むことで、地図を作ってゆくのに似ている。そうしてはじめて、己の立ち居地を相対的に知るような作業だ。 そうしないと、「現実」というヤツを見失ってしまいそうだったから。 何が嘘で何が真実か。 何が偽者で何が本物か。 あそこはヴァーチャルとリアルの交錯する世界で。そんな作業なんて、そもそも意味を成さないところだったけれど。 新たな大地に降り立ってみれば、自由を手に入れた代償なのか、一からすべてを見極める仕事がここでは必要なのだと、美堂に会った瞬間、言われたわけでもないのに天啓のように悟ったのだった。 だが、それは銀次に想像以上の困難をもたらした。 ひとつひとつの作業にかかる時間もさることながら、精神的な負荷が大きい。 何よりも、誰かに是非を委ねられる問題ではなく、全て自分で判断しなければならない。しかも目指すべき完成図はないのだ。 どんな絵ができ上がるのか全く予測のつかないパズルを、目隠しをされたまま組み立てているようなもので。 正体不明の、しかも必要なのかすらわからないピースを、指先で形を確かめながら淡々と嵌め込んでいくのは、想像以上に神経が擦り切れる。 どれほどそうして立ち尽くしていたのだろうか。 「おい!!」 声と同時に急に肩を掴まれて、銀次ははっと顔を上げた。驚きで跳ねる心臓と一緒にバチリと電光が身体を駆ける。 目の前にあったのは薄っすらと額に汗を滲ませた美堂の顔だった。迸った小さな稲妻が銀次に触れていた美堂の手を弾く。 「ッ!何すんだ、馬鹿ヤロウ!!」 次の瞬間には頭を強か殴られた。 「…いってー」 「痛いのはこっちだ!!折角ヒトが心配して来てみれば電撃かよっ」 更にもう一発衝撃がやって来て、銀次は堪らず頭を抱え込む。 殴られたところを手で探ってみると、予想通りコブができていた。 思わず美堂を睨みつけようと顔を上げたその時、不意に鼻先を美味しそうなニオイが掠めた。香ばしい肉の焼けた匂い。 グ〜〜。 条件反射のように腹が鳴った。しかも盛大に。 ニオイは美堂が持っているMマークの入ったビニール袋から漂ってくる。 「…………」 「…………」 美堂は無言で銀次の腹を見た。食べ盛りの男の腹が鳴るくらい別段恥ずかしいことでもないのに、なぜか銀次は目をあわせられずに視線を漂わせた。 すると、何も言わずに歩き出した美堂はそのまま銀次の脇を過ぎてゆく。 銀次は振り向くことも、ましてや追うこともできずに、棒立ちのまま唇を噛んだ。 美堂との距離が測れない。 この間の悪さをどうしたらいいのか、わからない。声の掛け方を忘れてしまったかのようだ。気にするほどのこともない、本当に些細な出来事なのに、咽喉の奥で言葉がつまり、整理のつかない感情だけが渦巻く。意識すればするほど、指先すら動かせなくなって銀次は途方にくれた。 「小僧ォ!」 突然の怒鳴り声にびくりと背が跳ねた。瞬間、それまで固まっていた身体が動くようになる。 慌てて振り返ると、美堂が苦い顔で銀次を睨んでいる。 肩を怒らせながらつかつかと近づいてきて、銀次の腕を掻っ攫うように掴むと、無言で銀次を引っ張って歩き出した。 銀次はされるがまま、引きずられるようにして美堂の後をついてゆく。 「……美堂、君?」 「トロいんだよ、いちいちテメーはっ!」 相変わらず不機嫌に言い捨てるけれど、美堂は銀次の腕を離さない。 公園に入りその中心部にある開けた広場までやって来ると、美堂はようやく銀次を解放して、自分はさっさと近くにあったベンチに腰掛けた。 銀次はそれを見届けた後、美堂が座るベンチの端に腰をおろした。美堂との間には大人二人分くらいの距離。 横目で美堂の動きを伺ってみると、袋の中を漁っていた美堂がにょきっと腕を差し出してきた。目の前に伸びてきた美堂の手にはハンバガーの包みが握られている。…銀次の方を見ずに、相変わらず視線は袋の中だけれど。 「…おい!」 ぶっきらぼうな声に促されて、銀次はそれを受け取った。 「……食べていいの?」 「食いたくなければ食わなくてもいいぜ?」 戸惑ってたずねてみれば、返ってきたのは意地悪で乱暴な言葉。 けれども、どうやら差し出されたものが自分の分であることは確かなようだった。 不思議な気持ちで手の中のそれを暫く眺める。 両手にかかる温かい重み。食欲を刺激する香りが鼻腔をくすぐる。次第に唾液が口内に溜まってきて、銀次は紙包みを剥くと、おずおずと噛み付いた。 一口食べて、 「おいしい…」 本当に美味しい。 温かいご飯って、こんなに美味しかったんだ…。 産まれて初めて食べたってわけでもないのに(食べる機会は少なかったけれども)、改めて思った。 「あのさ、」 手の中の食べかけのハンバーガーを見つめながら、 「……ありがとね」 銀次のその言葉に美堂がやっとこちらを見た。 見たといっても、チラリと視線をくれただけで、何も答えずにそのまままた前を向くと黙々と食べ続ける。 メシを買いに行く、と蹴り起こされた朝。 腹が空いたのならば、勝手に出て行くものだと思っていた。 だから、わざわざ起こされたのだと知った時、なぜそんなことをするのか判らなくて。 乱暴な起こし方に対する怒りよりも、戸惑いの方が勝って、何となく後をついて行った。 そうやってねぐらから外に出た後、他のものに気を取られてぼんやりと立ち尽くしていれば、また殴られて。 余りの痛さに、流石に頭にきたけれども。 ――――だけど、そういえば。 『心配して来てみれば』 銀次は手を止めると、改めて隣を見た。 ベンチの反対側で、大口を開けてハンバーガーに喰らいついているオトコの横顔を見つめる。 「心配して」銀次を探しに来た美堂の額に浮かんだ汗。 ちゃんと買ってあった銀次の分の食事。 まだ、温かいハンバーガー。 乱暴で短気。 人のことすぐに殴るし、蹴るし、怒鳴るし。 態度デカイし。 考えれば考えるほど、どうしようもない事ばかりが浮かんできて、一緒に居て良い事なんて何ひとつ浮かんでこない。 にもかかわらず。 あそこに還りたい、とは一度も思わない。 それが不思議だった。 ――――でも、何となくわかった気がする。 美堂の拳骨でできたたんこぶはまだジクジクと痛むけれど。 「美堂君ってさぁ」 「何だよ。つーか、美堂蛮様だ!!『君』じゃなくて、『様』だっつってんだろ」 ズズズーと行儀悪くストローを鳴らしながら、やっと美堂が口を開いた。 相変わらず不機嫌そうな顔。 出てくる言葉といったら、乱暴で憎たらしいものばかり。 何がそんな気に入らないのかと思うほどなのに。 他人のことなんて全く知ったことではないといった、斜に構えた態度なのに。 やっていることといったら、実は正反対じゃないか? 「美堂“君”て、……意外と世話焼きだね」 「ぁんだとこの野郎!!」 途端にいきり立つ美堂が可笑しい。 こう言えばきっと怒るだろうな、と思ったから。 予想通りの反応に銀次は思わず吹き出してしまった。 それに更に美堂が怒る。 ……あ。 ひょっとして、怒るのは照れ隠し? 思いついたら、余計に可笑しくなって。 「あははははー!」 ついには声を上げて笑う銀次に、 「コラ、テメー!馬鹿笑いすんじゃねー!!」 美堂が真っ赤になって怒鳴る。 飛んでくる拳をよけながら腹を抱えて笑い続けるうちに、銀次は唐突に気づいた。 笑っている…。 今、オレ、笑ってるんだ。 自然に頬があがるのを、そっと手を添えて確認して。 笑い声が腹から出るたびに、胸が震える。 ついに銀次を捉えた蛮の腕が、「笑うんじゃねー!」という罵声ともに、銀次の頭を締め付けた。 常軌を逸した力を秘めている筈の手は、けれど実際にはそれほど痛くない。痛いには痛いのだけれど、手加減しているのがわかる程度。 仔犬に甘噛みされているようで、何だかくすぐったいほど。 ヴァーチャルでもなく、嘘でもなく、偽者でもなく、確かに自分は今、美堂に弄られながら笑っている。 公園内を行きかう親子連れや恋人たち。 麗らかな日差し。 噴水の飛沫が、日の光を反射して煌いている。 太った猫が、ハンバーガーのおこぼれを目当てに銀次に擦り寄ってきた。こんな些細なことがとても嬉しく思える。 猫に餌を分けてやりながら、穏やかな午後の風景の中に自分たちが違和感なく溶け込んでいることを、銀次は知った。 それはきっと、傍らにいるこのオトコのおかげだろう。 もう少し、このオトコと一緒に居るのも悪くないかもしれない。 彼のことを、もう少し……知るまでは。 美堂のそばにいれば、自分がどこに居るのかわかりそうな気がするから。 時折気がふれそうになるほど、ここは広くて、地図も目印もなくて、まだ何も見極めることはできないけれど。 あんたのそばなら、オレなりの現実ってヤツが見えてきそうだ。 END |
アーリーデイズな二人。
フツーのティーンエイジャーな二人・距離のある二人(あまり仲の良くない二人)が書きたかったのですが、不発。
てゆーか、会話がないのね。喋ってくれないのー。
書きたいことも中途半端なままなので、もっと丁寧に書ければよかったなぁ、と反省中です。
ちなみにタイトルは、REAL(現実・実在)とRe-all(全てを、新たに*勝手な造語)のダブルミーニング。
2004.5.15
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