夜景の明かりを見ると、どこかに還りたくなって胸が締め付けられた。外を知らない自分に還る場所なんてないはずなのに。
「あの明かりのひとつひとつに、人の暮らしがあって、幸せがあるんだろうって、思ってた」
暗い城の中にあんな光はなかった。
還りたいと思ったのは、きっと人のぬくもりのする場所に憧れたからだ。しかし、諦めてもいた。本当に願っていることは叶はないと、十分すぎるくらいに知っていた。
「お前が眺めてたネオンの殆どは、人間の欲望の証だけどな」
見下ろしていたのは、この国最大の繁華街・新宿の光だったのだから。
「でも、やっぱり幸せはあったよ…」
冷たい城ではすぐに死に抱きとられてしまうあたたかい体温も、ちゃんとあった。
「比べてるモンが違い過ぎんだよ」
蛮は銀縁の眼鏡を外すと、掛け慣れない眼鏡で疲れた目を親指で揉みほぐした。
「…・・・蛮ちゃん」
「あ?」
「触ってもいい?」
「何を?」
「顔。触ってもいい?」
「やだ」
即答されて、思わず銀次は押し黙る。
しかし、蛮が喉奥で笑う気配にからかわれたことを知った。
窓から背を離し、蛮の前に歩み寄って、自分を見上げてくる顔へ手を伸ばした。前髪が上げられて露になった蛮の額に、そっと触れる。そのまま指を眉間まで滑らせ、閉じた瞼の上を繊細な美術品を扱うように恐る恐るなぞる。柔らかな皮膚の感触。長い睫が羽毛のように指先をくすぐって。眉頭から目頭までの彫りの深さと、高い鼻梁の描くラインは、まるでギリシアの神殿に飾られた彫刻のようだ。
蛮は目を閉じたまま僅かに上向いて、銀次の好きにさせている。
窓から差し込む薄明かりに照らされて、くっきりと陰影をつけて浮かび上がる蛮の顔は、神が細部にわたり丹精込めて創りあげた完璧な美を湛えていた。
高級ホテルに泊まる蛮と銀次のお話
シリアスとほのぼの両方入っています