乾いた空気の中、直接照り付けてくる日差しが痛い。

突き抜ける青空のもと、熟れた小麦畑のように、金髪が日の光に揺らいだ。
大きな双眸も甘く陽光を含んで輝いて。
健康的に日焼けした腕が、にょきっと天に伸びる。
「蛮ちゃ――ん!!」
何がそんなに楽しいのかと聞きたくなるほど笑顔を全開にして、銀次が手を振った。片手に持ったスーパーの袋まで一緒に振り回す。
あのバカッ、卵が割れるだろうが!
そうは思うものの。


太陽に愛された人間


まさにそんな言葉がぴったりな銀次の様子に、蛮は眩しく目を細めると、軽く頷き返してやった。







嗤 う 獣





容易く振り回されるさまは滑稽で。
どいつもこいつも愚か者ばかり。







買い物袋を手に、銀次と蛮が行きつけの喫茶店へと戻ってきた。
「波児ー!オレ、アイスコーヒー!」
「あー。わかったから、静かに座ってろ」
「あつーい!今日はなんか暑いよねー!」
誰に言うとでもなしに大きな声で喚きながら、銀次がカウンターにつく。それに続いて蛮も買ってきた品物を波児に手渡すと、スツールに腰かけた。
手分けして買出しに出かけた二人へのお駄賃は波児の淹れるコーヒーだ。
今回はツケではなく、ちゃんとした代価であることに気が大きくなっているのか、それとも屋外の熱に当てられたのか、銀次のテンションが高い。
出されたグラスに頬を摺り寄せ、
「んあ〜〜。冷たくて気持ちいいよう〜」
「そんなことしてると温くなるぞ」
呆れた声で蛮に言われて、銀次は慌てて頬を離した。チラリと隣を見れば、蛮は涼しい顔でブルマンを味わっている。
「暑い時に熱いコーヒーって、暑くない?」
「ガキにはわかんねーだろうが、それがいいんだよ」
「ふーん…?」
言われてみれば、カップを傾ける蛮は何だか大人っぽくてカッコイイ。
銀次は自分のグラスに視線を戻すとストローを銜えた。コーヒーの芳しい香りと心地よい冷たさが喉を滑り落ちてゆく。とても美味しい。今、自分は地上で一番美味しい飲み物を味わっていると思う。
ふと、目を上げると、蛮がこちらを見ていた。
「?」
フイっと視線を逸らされて。
「どったの?」
「いや、なんでもねぇ」
「ふーん?」
「……お前は何でも旨そうに食うよな」
「うん。だって本当に美味しいもん。今は波児の淹れてくれたコーヒーが一番美味しいよ」
銀次はカウンターの向こうで洗い物を終えた波児を真っ直ぐに見て言う。
「そりゃ良かった」
銜えタバコの顔が返した。サングラスで隠された表情は読みづらいが、銀次の屈託のない率直な物言いに、心底嬉しそうに笑っているのが蛮にはわかった。
「うっわ。な、何?蛮ちゃん?」
突然ぐしゃぐしゃと髪をかき回されて銀次が蛮の腕を掴むけれど、なおも強くかき回される。
「いーから、お前はそのまんまでいろ」
「へ?」
頭をグシャグシャにしとけってこと?
ハテナを飛ばす銀次を蛮は軽く小突いて、
「アホみたいに笑ってりゃーいいんだよ、お前は」
「…………?オレはオレのまんまだよ?」
「そうだな…」
お前はそのまんまだ。きっと、いつまでも。
声には出さず胸のうちで確かめるように呟いて、蛮は上目使いに見つめてくる銀次を見下ろした。
邪気の無い明るい瞳が、蛮をしっかりと捉えている。
悲しみも、憂いも、すべて吹き飛ばして、光を目指す強い目だと思う。
尚もわしゃわしゃと頭を乱暴に撫で回してやれば、銀次は考えることを放棄したのか、気持ちよさそうに蛮の手に懐いてくる。仔犬のような仕草に、思わず笑みが漏れた。
「ねぇ、波児〜。日が落ちるまでここにいてもいい?」
最後の一滴まで飲み干して、その上グラスに入っていた氷まですっかり食べてしまった銀次が、カウンターに顎を乗せ、甘えた口調でねだった。
波児は何を今更とため息をつく。
「お前ら、いつも勝手に居座ってるだろう?」
「えへへ。そうだけどさ、今日、何だか凄く暑いんだよね」
確かに、まだ真夏にはほど遠い新緑の季節の筈なのに、今日はやけに気温が高い。季節を先取りしたかのような暑さだ。
「なんか、騙されてる感じっていうかさぁ…」
「何だそりゃ」
同じくコーヒーを飲み終えて漫画雑誌を開いていた蛮が、ちらりと隣に視線を流す。
「本当は夏なのかもしれないのに、みんな春だと思い込んでる感じ?」
「……つまり、俺の邪眼みてーなもんにかかってるってか?」
「うーん。ちょっと違って。当たり前と思っていることが、本当は当たり前じゃなかった、みたいな」
言いながら銀次はドアの外を見やる。
何かを見極めるように、すぅっと目を細めて見つめた先にあるのは、陽光の満ちた世界。
「まぶしさに目が眩んでるのかもしれない…」
パコン!
「イテ!」
「銀次の癖に生意気!」
子気味良く響いた音は、蛮が銀次の頭を丸めた雑誌で叩いた音だった。
恨めし気に銀次が蛮を睨んでも、蛮は小馬鹿にするように鼻を鳴らすだけで。
「哲学的なこと考えんじゃねーよ。これは単に気象条件が偶々こうなったから暑いだけなの」
「気象条件って?」
「だから、太平洋の高気圧が張り出してきて…」
「ごめん。わかんないから、いいや」
聞いても銀次には理解できないことだと知っていて、敢えて蛮は言うのだ。時折、蛮はこうやって銀次を玩ぶ。
そんな時の蛮の目が決して意地悪くはないから、イヤな気持ちにはならないけれど。
「えい!」
「うお?」
お返しとばかりに銀次が蛮の横っ腹をどつけば、不意打ちされた蛮がよろけた。しかしすぐさま体勢を立て直すと、銀次の頭を抱え込んでウメボシの刑を執行する。途端に上がる銀次の悲鳴。
カウンターでじゃれだした二人に苦笑しつつ、波児はカップを片付けた。いつもこいつらは賑やかだ。
「あ!」
ところが突然、銀次が何かを見つけたように声を上げる。
「あん?」
手を止めた蛮の腕の中からするりと抜け出して、
「カヅっちゃんがいた。ちょっと行ってくるねー!」
早口に言うと、蛮とのスキンシップに何の未練も残さず、銀次は店を飛び出してゆく。
その姿はすぐに見えなくなった。
――――ついさっきまで、あれほど外は暑い暑いと喚いていたのに。
あまりの慌しさに呆気に取られ、呆然と見送った後、取り残されたことに気づいて憮然とした表情になった蛮に、波児はまた笑いをかみ殺した。





「カヅっちゃん!」
路地を曲がったところで背後から掛けられた声に、花月は立ち止まった。
「銀次さんっ……!」
振り向いた先、逆光となった銀次のシルエットが浮かび上がっている。
気づかれていたとは。
しかも、まさか追いかけてくるとは思いも掛けなくて、花月は動揺した。
久しぶりに行ってみたHONKY TONK。
勿論銀次が居ることを期待していたのだが、ドアの外から中を窺ってみれば、いつものカウンター席にいたゲットバッカーズの二人は抱き合うように戯れていた。それは、歓声が店の外まで聞こえてきそうなほど楽しげで。
もう既に見慣れた光景だったが、花月はそのまま早足で立ち去ってしまった。
蛮の腕に捕らわれて心底嬉しそうな銀次の笑顔に、なぜか居たたまれなくなったのだ。
「どうしたの?声掛けてくれればいいのに」
「すみません。お邪魔してはいけないと思って」
「そんな!カヅっちゃんは邪魔なんかじゃないよ!!」
勢い込んで訴えられて、花月は苦笑する。
いつでも真っ直ぐな彼が眩しい。
そんなところはあの頃の彼と変わっていない。
しかし、自分たちは美堂蛮といる時に見せるような弾ける笑顔を彼にさせてやれなかった。そんな顔ができるなんて、気付きもしなかった。
「銀次さん……」
ただ、あの憂いた眼差しを美しいとしか―――――。
瓦礫の頂上で雷を纏う彼を仰ぎ見た時に湧き上がる高揚感。帝王の放つ輝きに、ひたすら陶酔するだけだった。
彼にとっては、苦痛でしかなかったのに。
「銀次さんは、今幸せですか?」
花月の唐突な言葉に、銀次は面食らったようだった。パチパチと瞬きを繰り返して花月を見つめる。
いつの間にか夕刻が忍び寄っていた。次第に陰る日差し。
まだ日中の熱が残ってはいるものの、傾いた陽の落とすビルの影が路地を覆って、周囲は薄暗い。どうやら風も出てきたようだ。少し肌寒さを感じる。
「うん。幸せだよ」
静かに答える銀次の声が、花月の耳に優しく届く。
足元に視線を落としながら銀次が花月のもとに歩んでくる。
俯いた頬に柔らかい笑みを浮かべて、
「蛮ちゃんといて、オレ、毎日がすっごく楽しいし、幸せ」
「そうですか……」
よかった、と花月も目線を僅かに落として呟いた。
あなたが幸せなら、きっとそれが一番いい。
「でもね」
予期せず続いた言葉に、花月は思わず銀次を見た。
花月の目の前で、ゆっくりと銀次の顔があがる。
「オレは、今が一番幸せだけど」


伏せられていた睫が持ち上がり、


「……でも、君たちといた時間もかけがえのないものだったよ。

――――――――花月」





どこかで一斉に鳥が羽ばたく。





目の前の唇から漏れた、名前をそっと囁く声。
―――――その呼び名は、その声音は。


憂いを含んだ薄い琥珀色の瞳が花月を見て淡く微笑んだ。
儚さと氷のような冷たさとが同居した、曰く喩え難い、だがどうしようもなく魅せられる瞳。思わず跪きたくなるような。
それは紛れもなく、帝王の瞳。
雷帝の眼差しだった。


引き寄せられるように見入って、はっと花月は瞠目した。
しかし、すぐに目を伏せると銀次から視線をそらした。
そんなはずはないのに。
銀次のふとした仕草に、表情に、断ち切れない未練がまだ胸の奥で燻っていることを確認してしまう。
なんという愚かな。
こんな自分の想いが、かつて我が主と敬った大切な人を追い詰めかねない危険性を孕んでいるのを、十分承知しているのに。


花月の胸中を知ってか知らずか、銀次はそんな彼の様子をただ見ていた。

そして。





見せ掛けのまぶしさに目が眩んでいないかい?





俯いて自嘲する花月には見えないけれど。

ゆっくりと、口の端が持ち上がって――――。






銀次は声を立てずに、嗤った。




END



黒銀次…です?でも、なんだかグレーだ。
そして、花月さまを揺さぶってみよう編。「砂の獣」と対になるように、花月で終わらせてみました。
揺さぶられているのは花月だけじゃないのですが、もうそれは私がわかってればいいいやー(笑)。←身勝手な!
わけのわからない話でスミマセン。
てゆーか、もうGBじゃないよ、コレ。パラレルといった方がいいかも。世界観的に砂の獣のパラレルだから、ダブルパラレル?わっけわかんない。
下手にanother sideなんて書いたら、余計に収拾がつかなくなりました…。きゃー!

あ。季節は無視の方向で!(笑)

2004.3.6

追加補足:
人とは、相手が自分をどう見ているのか、自分にどうあって欲しいと思っているのか、
無意識にせよ、多少なりとも意識して生きていると思います。
器用な人は、相手に合わせて自分を演出することもできる。
そんなテーマを自己認識の危うさ(これは「砂の獣」)と対にして書いてみたわけですが、
いちいち説明すると鬱陶しいですし、描ききれるほどの文章力も気力(笑)もなかったので、このような形になりました。
どちらも隙だらけの話ですし、読み手の方の思うまま楽しんでいただければ、私はそれだけでハッピーです。

2003.3.13




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