【 秋 味 】


「ありゃ…」
我ながらマヌケな声だ。美堂蛮様にあるまじきなんとも間の抜けた声を目覚めとともに発してしまった。
ぬくぬくの布団の中だから誰にも聞こえていないのが救いだ。そう、ぬくぬくの布団。
なぜ、ぬくぬく布団で目覚めたかというと、めでたく部屋が借りられたわけではなく、仕事で一週間ウィークリーマンションで過ごすことになったからだ。
肝心の仕事は昨日片付いたのにこうしてぬくぬくしていられるのは、一週間分払い込んだからと太っ腹な依頼人が期限まで自由に使ってくれていいと言ってくれたからである。それもこれも依頼請負時の銀次のはしゃぎようにあったのだと蛮は思う。期限の一週間の間マンションに入ってもらうと条件提示をされたとき、銀次が騒いだのだ。
「わーい!手足伸ばして寝れるんだぁ!嬉しいねっ、ねっ?蛮ちゃんっ!!」
この時、誇り高き蛮は苦虫を噛み潰したような表情だったはずだ。依頼人にホームレスがばれるなんて恥っさらしもいいとこだ。依頼人の呆れた顔が今も目蓋の裏に張り付いている。でも、よかった。そのおかげでいつも以上にふたりで楽しい時間が過ごせているのだから。
マヌケ声の原因は、寝起きとともに、味噌汁の香りが蛮の鼻をくすぐったからだ。布団から顔を出せば1DKの台所は真正面にあって、銀次がそこにいることなど数秒でわかる。
「銀次ぃ」
ゆっくりと布団から這い出して銀次を呼ぶ。
「おはよう!蛮ちゃん」
「何してんだ?」
「朝ごはん作ってんの」
「…ああ…」
「9時からやってるスーパーいってきて材料買ってきたの。蛮ちゃんはできるまで寝てていいよ」
銀次はやけにはりきっている。
「オメーさ、料理できんのか?」
「ううん、はじめてだよ。だからちょっと時間かかるかもしんないけど、待っててね!」
蛮は知っていた。銀次の手先の不器用さを。おそるおそる台所に近づくと、文字通り包丁と悪戦苦闘を繰り広げる銀次の手元がある。
「大丈夫なのかよ?」
「心配しないで。なんとかなるって。昨日蛮ちゃん言ってたじゃん?だから。」
「あ、ん、まあな」
「だから、蛮ちゃんは寝てていいよ。あ、散歩でもしてくる?」
「指、切ったりすんなよ」
「うん」
珍しく銀次に気圧されて蛮は布団に戻った。

奪還成功祝いと称して、昨日は部屋に近所のコンビニで買った酒やらつまみやらを持ち込んでずいぶん遅くまで飲んだ。
「楽しいね」
銀次が笑う。
「部屋借りられたらこうゆうこと、いつでもできるんだね」
「いつでもじゃねぇけどよ、たまにはな」
「てんとう虫でもできるけど、こんなにお店ひろげらんないもんね」
「そりゃそうだ」
「ああ楽しいな」
銀次は笑いっぱなしだ。
「つまみが手料理だったりするともっと楽しいかもしんねぇな」
「…え?」
なにげない蛮の言葉に銀次は驚くほど反応した。
「蛮ちゃん、手料理作ってほしいひとがいるの?」
銀次の表情がわずかに傷ついたように見えたのはきっと都合のいい錯覚だ。
「いや…その、一般的な話だ」
「それならその時は遠慮しないでそのひと呼んでね。俺は絶対、蛮ちゃんの邪魔はしないから」
「一般的な話だっつてんだろがっ!」
思わず声高になってしまう。
「…蛮ちゃん…?」
「できあいのつまみなんかよか手作りのもんの方がうめぇだろ?そうゆう話だ」
抑えた声で言う。
「な、わかんだろ。」
蛮は銀次の頭を撫でた。
「…あ、うん、そうだよね、へへ」
銀次は蛮に手を置かれた頭をそのまま蛮の肩に凭れさせた。柄にもなく蛮は緊張している自分を感じた。しかしその緊張はすぐに解けた。まもなく寝息が聞こえてきたのだ。
「間の悪いヤローだな」
気持ちよさそうに凭れている寝顔に呟く。
「キスのひとつでもしてやろーと思ったのによ」
できっこねぇかと、蛮は小さく笑いながら、残りのビールを飲み干した。

「げげっ!」
本日二度めのマヌケ声とともに蛮は布団を飛び出た。美堂蛮様形無しである。
「銀次っ!なにやってんだっ、火、止めろ!」
せっかく金がはいったのにボヤでおじゃんなんてことは勘弁だ。
「蛮ちゃん、起きた?できたよ〜、お待ちどうさま」
「へ?」
火の気配なない。救われた。
「できたよ、ご飯。もうお昼も過ぎちゃったけど」
時計は午後2時を指している。さっき起きたのは午前10時前だったはず…。
布団をたたんで折りたたみ式のテーブルを広げる。
そこに並べられたのは、味噌汁、栗ご飯、煙の原因の秋刀魚、きゅうりの漬物、と満面の銀次の笑顔。
目に見えて秋刀魚は焼き過ぎで焦げているし、漬物の大きさもふぞろいなこと極まりない。なのに、ふいに蛮の胸がつまった。
「いただきま〜す!」
ふたり手を合わせて同時に箸をとる。
素を使ったという栗ご飯は米がピカピカ光っていて予想外に美味かった。秋刀魚は食べられる部分が半身しかない焼き具合だったが秋を味わうには充分だったし、味噌汁に浮かんだ豆腐はつかめないくらいの大きさのものもあったが味は悪くなかった。
「うめぇ〜」
蛮が唸るように言う。
「思ったよりいけるよね!」
「うん、うめぇ。銀次、うめぇぞ」

本当のところ味なんてどうでもいいことで、銀次が蛮のために料理をし、それをふたりで味わえたことが何事にも替え難いことなのだ。明日は自分が何か作ってやろう。銀次の喜びようが目に浮かぶ。
後片付けを二人並んでやりながら、蛮は幸せを噛み締めた。





END

written by 凛々



Acknowledgement:

凛々様のサイト《スローなブギにしてくれ》で10000ヒットを踏み抜いて書いて頂いたものです。
そして無理を言って頂いて来てしまいました。奪い屋お雪と呼んでくれ!
「く、栗と秋刀魚…」
という無茶苦茶な私のリクが、このように素晴らしくも可愛い蛮銀に大変身!!雪は幸せです(>_<)なんて可愛らしい蛮銀なんだ!!
2人のビミョウな距離感がくすぐったくもあり、切なくもあり。
蛮ちゃん、切ないぜー。
そして何がびっくりって、銀次がちゃんと食べられるものを作れたことです(笑)。銀ちゃん、頑張ったね。ああ、なんて健気なのかしら。

凛々さん。ささやかな幸せを噛み締める二人を描いた素晴らしい蛮銀を、本当にありがとうございました。

銀乃 雪
2003.11.7



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