不 埒 な 左 手
| おもいっきり生電話にうったえてやるー!とか、蛮にはさっぱり意味のわからないことを銀次は喚いていたが、それには全く構わずに蛮は銀次の服を剥ぎ取ってゆく。 銀次だって多少の抵抗はみせるものの、 「ホラ。腕上げろ」 と言われれば、小さな子どものように条件反射で蛮の言葉に従ってしまうのだ。たちまち上半身は剥かれてしまった。 だが、さすがに下に穿いているスウェットにまで手をかけられると、銀次は悲鳴を上げた。 「ちょっと待って!」 「じゃあ、自分で脱げ」 言い捨てて今度は自分の服を脱ぎだす蛮を横目で見ながら、銀次はため息を吐いた。 ここまで来て今更引き返すつもりはない。正直、騒ぎすぎて疲れたというのもある。 そもそも、離れようとした蛮を引き止めたのは自分だったし。 蛮に背を向けたまま穿いていたものをまとめて脱ぎ捨て、洗濯籠に放り込むと、浴室のドアを開けた。 「…………狭い」 築ン十年のアパートだ。多少のメンテナンスはされているとはいえ、はっきり言ってボロいし狭い。 浴室は風呂に入れさえすればいいと言わんばかりのつくりで。当然、浴槽も小さければ洗い場も狭い。ユニットバスでないだけマシなのかもしれないが。 とにかく、大の男がふたりで入るには明らかに狭い。 「もっと奥に行けよ」 入り口でぼんやり突っ立っていた銀次のふくらはぎを、蛮が蹴り飛ばした。 「だって狭いよ」 「狭くていいんだよ」 「やっぱふたりで入るのは無理だっ……!」 振り向きざまいきなり蛮に肩を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。 冷えたタイルが背中にくっついて一気に鳥肌が立つ。 蛮がコックを捻ると、途端にタイルよりも更に冷たい水が降り注いできた。 「冷たー!」 「ちょっとすればお湯になるから我慢しろ」 古い湯沸かし器では水が温められるのに時間がかかるのだ。 身を竦めて悲鳴を上げる銀次に覆いかぶさって冷水から庇ってやりながら、蛮が銀次に顔を寄せる。 銀次の鼻先にぴっと指を三本立てて、 「三センチ」 「?」 「3メートルがダメでも、3センチならいいだろう?だから、狭くていいんだよ」 「……もう、3センチもないじゃんか…」 濡れた蛮の毛先から落ちてくるしずくを頬で受け止めて、銀次は目を伏せた。 水が温まって湯に変わってゆくのと一緒に、身体のこわばりが溶けてゆく。 蛮の唇がそっと重なり、すぐに離れた。それを追いかけ、角度を変えて吸い付けば、今度は身体ごと押し付けられて深く貪られる。シャワーの音と、お互いの口元から漏れる水音とが風呂場に響く。 やっと解放された銀次が喘いで酸素を取り込んでいると、頬を掠めながら耳の後ろに辿り着いた蛮がそこに噛み付いた。同時に乳首を引っ掻かれる。 「……いっ」 小さく鋭い痛みと、背を走った痺れに、銀次の身体がぱしゃりと音を立てて跳ねる。瞬間、ひざが崩れて、壁伝いにズルズルと身体が沈んでいった。 床に尻をついた銀次の脚を割って、間に蛮の身体が入りこんでくる。閉ざされていた太股に外気が流れ込み、ひんやりとした得もいわれぬ緊張が走った。 片手で内股をなで上げられ、もう一方で乳首を抓られた。もどかしい手の動きと、痛みが甘い疼き変わる感覚に、銀次は声も出せず身悶えるしかない。 蛮の愛撫は実に巧妙だ。手つきは優しいけれど、容赦なかった。いとおしんでいるようでもあり、反応を楽しんでいるようでもある。 「ん、……ああっ」 そして、決定的なそこには触れてこない。昇華できない熱が渦巻いて、じれったさのあまり、銀次は自分の指を噛んで耐えようとした。 すると急に蛮が身体を離し、銀次の手をそっと外して噛むのをやめさせた。 蛮の右手に取られた、銀次の左手。 指にうっすらと歯形がついている。 快楽に潤んだ目で銀次が見つめる先で、蛮の舌が癒すように指を舐めた。銀次の肩が震える。 それまでどこか笑いを含んでいた蛮の瞳が、真剣になって――――。 上目遣いにひたりと銀次を見据えてから、目を閉じると、銀次の手の甲に恭しく口付けを落とした。 まるで中世の騎士が、姫君にするように。神聖な誓いをこめるように。 目の前でなされたことに、銀次は思わず空いている右手で口を覆った。 かしずかれるのは初めてではない。かつて帝王と呼ばれた頃には、多くの人間が膝を折る毎日だった。しかし、これは今までのどれとも違う。 芝居がかってはいても、うそ臭さは微塵も無い。むしろ、そこには誠実さと真摯さしか存在していなかった。 途方も無く大事にされていると、確信できる。 こみ上げてきた熱いものが、涙となって頬にこぼれる。 「左手ってのは、神秘や無意識の象徴なんだぜ」 今度は手のひらに、そして手首の内側にも唇を押し付けながら、蛮が言った。 「無意識?」 「ああ、ギリシア神話でクロノスっつー神様が左手でよ、父親で天の神ウラノスの…」 だから左手は蛮に触れたがってあんなに疼いたのかと、話を聞きながら銀次がぼんやり考えていたら、蛮の左手が素早く銀次の股間を鷲掴んで、 「ここを引き千切っちまったかららしい」 ヒッと喉を鳴らして慌てて蛮の手を押さえた。 「プッ」 噴出す蛮を睨み付ける。 「蛮ちゃん!」 「わりぃ。――――こうされる方がイイんだよな?」 「アアッ…」 掴んだままのそこを揉みしだかれて、銀次は顎を仰け反らせた。直接的な強い刺激に脚が閉じようとするが、蛮の身体がそれを阻む。はけ口を求める熱のせいで、銀次の腹がビクビクと痙攣した。 蛮は銀次の左腕を肩に引っ掛けて頭を引き寄せると、涙に濡れた頬を舐め上げ、露になった首筋に歯を立てた。左手は絶えずそこを擦りあげる。その間も、銀次の脚は切なげに震えながら、床を蹴ったり蛮の身体を挟んだり、行き場を求めて戦慄いた。 「気持ちいいか?」 耳元で低く囁く掠れた声が、銀次を麻痺させる。 「ん……ばんちゃ」 こくこくと頷けば、じらすようにゆっくりと、蛮の指がさらに奥へ挿入された。 「はぁ…アア…」 もどかしい痛みに銀次は身を捩って逃げを打つ。しかし、ただでさえ狭い浴室には逃げ場などなく、蛮の腕がそれを許すこともなかった。 「気持ちいいだろう?」 なおも聞いてくるのは、銀次に言わせたいからだ。 銀次の奥を探る指がいやらしく濡れた音をあげる。 「イイ。いいよぅ!」 素直に答えて、銀次はいつになく興奮していると思った。先ほどされた手への口付けが、自分の中の箍を外したのだろうか。無防備に脚を開いた自分の姿が一瞬脳裏を掠めたが、それも熱い波に飲み込まれてすぐに消えた。喉からはひっきりなしに、すすり泣くような嬌声が漏れる。 頭の芯が蕩けて、まともな思考の糸を結べない。それが惜しくて、瞬きで涙の幕を落とせば、目の前には鎖骨に噛み付いてくる蛮の頭があった。 蛮は銀次の内側を探りながら右肘を壁について、銀次に体重をかけないように身体を支えている。強靭な筋肉のみで構成された、一切の無駄のない蛮の痩身は、細くはあったが決して貧弱ではなかった。自分の頭の横につかれた腕には、みっしりと筋肉がついているのが見て取れた。しかも、この腕は見た目を遥かに凌駕する力を秘めている。腕からその付け根へと視線を動かすと、その肩――蛮の右肩に、傷跡があった。 白い肌がそこだけ色を変え、染みのように残る傷跡。 無限城で負った傷。 下手すれば命にかかわる、相当な深手だった。 雷帝化した自分の拳を受け止め、さらに後ろから赤屍の剣に刺されたのだ。背から入った剣先が、皮膚を破って反対側に飛び出したのを、銀次は今でもはっきりと覚えている。顔にかかった蛮の血の熱さも、その色も。 だらりと力を失っていた腕を何とか持ち上げて蛮の背に回し、その右肩に銀次は顔をうずめた。 「銀次?」 「……み、右手は、何なの?」 蛮が動きを止めて銀次を窺うと、熱にうかされながら、荒い息の狭間で銀次が尋ねた。 「右手は恩寵を授け、悪い運命を祓う手だ。――――俺の場合逆だけどな」 「オンチョウ?」 「鳥じゃねーぞ、コラ。なんつーか、カミサマの恵みとか、無償の愛とか、そんなやつ」 「……じゃあ、蛮ちゃんの右手はオンチョウだ」 「はぁ?」 「何度も助けてもらったし。…なによりも、この手のおかげで蛮ちゃんに会えたんだよね、オレ」 銀次には蛮のように気の利いたことはできなかったから、右肩に鼻を擦りつけて精一杯の愛情を示す。くすぐったさに蛮が笑うのを、直接伝わる振動で感じながら、 「…ん……、蛮ちゃん、好き。大好き」 愛しさが胸の奥からせり上がってくる。火照った顔が、好きと言う度にどんどん熱くなってゆく。感極まって、大きく見開いた銀次の薄茶の瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。濡れて震える、長い睫。 蛮との間に一分の隙も作らまいと、銀次の脚が蛮の身体に纏わりつく。 抱きつく腕に力を込め、頬を蛮の頬に摺りつけて。 「好き。本当に好きなんだ。会えてよかった、蛮っ――」 「銀次!!」 突然、怒鳴りつけるように呼ばれて、ビクリと銀次の肩が竦んだ。 「…………蛮?」 「…堪んねぇ」 喉奥から搾り出す、掠れた低い声。 銀次の健気さと、無意識の痴態が蛮に火をつけた。 「アッ」 「お前の背中に傷がつくから」 蛮は短く言って銀次の奥から指を引き抜き、銀次の身体をひっくり返して膝立ちにさせると、両手を壁につかせた。 「!!」 冷えた背に突如感じた、ぬくもり。 後ろから抱きしめてくる蛮の体温。 その熱に。 瞬間、全身の毛穴がぶわっと音を立てて開くような、物凄い快感が銀次の身体を駆け巡る。 そして間を置かず、最も熱い塊に後ろから一気に貫かれた。 「ア゛アァア――――――――――!!!!」 背を弓形に反らせた銀次の喉から絶叫が迸る。 直接湯がかかることなくタイルに預けたままだった銀次の背は、中途半端に濡れてすっかり冷え切っていた。そこに熱い蛮の身体が覆いかぶさって。 無機質な硬い感触しか与えられていなかった肌に密着する、蛮の熱い身体。飢えを満たすかのように、全身の神経が背中に集中した。 出し入れされる度に、壁に手をとり残して上半身が落ちてゆくのを止められない。腰を突き出す形になった銀次の背やうなじを、蛮の舌が行き来する。 「蛮、蛮、蛮…」 中をかき回されて、うわ言のように銀次が呼ぶと、更に激しく突かれた。喘ぎ声が湿った音とともに狭い浴室に反響する。それすら鼓膜への愛撫となって、銀次を煽る。 「んあぁ…、……蛮、………オレ、おかしくなる。おかしくなっちゃうよ……」 すでに呂律もあやしくなってきた。 閉じることを忘れた口が荒い呼吸を繰り返して、唾液が滴り落ちる。 銀次は頭を振りながら、壁に縋って爪を立てた。掻き毟ると、タイルを繋ぐ漆喰が爪の間に入り込んできたけれど、もうそんなことに構ってはいられなかった。 「いいから。……おかしくなっちゃえよ」 銀次と同様に息を乱した蛮が、吐息で誘った。 蛮は片手で銀次の陰茎を扱きながら、もう一方で胸を弄る。輪郭を確かめるように身体を撫で回しては、不意に止まって小さく引っ掻く。忙しないその動きに、銀次は脳までかき回される錯覚を覚えて眩暈がした。 蛮の指で、唇で、肌で、熱で、カラダがバラバラになってゆく。 「狂っちまいな!」 耳元で獰猛な響きが命じた。ゾクリと背が粟立つ低音。 と、同時に。 奥を激しく突き上げられて喉元が仰け反った。顎が捕らえられ、次いで深い口付け。嬌声は蛮の舌に絡み取られてゆく。その間も、一番感じるところを的確に突かれ、その度に銀次の背がしなった。 今や上半身は完全に床へ崩れ落ち、銀次の手は縋るものを探してぬるま湯の流れる床をさ迷っていた。蛮に抉られる腰だけが高く掲げられている。それを支える膝も、そろそろ限界が近い。 銀次の全身が、ただ蛮を感じるためだけのものに変わる。 艶かしい愉悦が指の先まで広がってゆく。 甘美な痺れに銀次は指をしゃぶった。 「…んああン、…………もっと、もっとシてぇ!」 駄々をこねるように頭を振って、銀次はなりふり構わず訴えた。 鼻にかかった甘い声。 金の髪が飛沫をあげて跳ね、浴室の明かりにキラキラ輝く。 「――――銀次っ。……銀次!!」 銀次の乱れように煽られた蛮が一気に体重をかけてくる。 激しくなる腰の動きに、頭の中がどんどん霞がかって。 熟れきって、しとどに濡れた先端が抉られると同時に、銀次の胸をまさぐっていた蛮の右手が、早鐘を打つ銀次の心臓の上で爪を立てた。 身体の奥深くを炎が奔る。 数秒の真っ白な空白。 「――――!!」 悦びの極限の、恍惚に身を委ねて、銀次はおちていった。 やっと整ってきた息を吐いて、蛮は気だるく壁に寄りかかった。 意識を飛ばした銀次の口元に湯がかからないように、シャワーを浴槽に引っ掛ける。 額に張りつた髪を梳いてやりながら、狭い床に力なく横たわる肢体をしばらく眺めていると、その爪が少し欠けていることに気づいた。 手にとって光にかざし、傷の程度を確かめる。 そういえば刺激に耐えかねて、随分と壁や床を引っ掻いていたことを思い出す。 「ちっ」 蛮は忌々しげに舌打ちをした。 やはり場所は考えた方が良かったか。 たった3メートルを惜しむ手は、 もっと遠く離れた心の距離すら容易く引き寄せることを、銀次は気づいていない。 蛮の胸奥に巣食う孤独を、何の造作もなしに掬いあげて。 そして、温かく抱く。 蛮は傷ついた銀次の指先を、優しく口に含んだ。 この不吉な右手を神の恩寵と言う。 そんなお前の手が、何よりも大切なんだ。 END |
藤沢凪様から、1万ヒットのリクエストで、「一緒にお風呂に入る蛮銀」です。
えー。もっと可愛らしいものを期待されていたのかもしれませんが、やりすぎちゃいました。てへ。
実は、もともとは、ほのぼの路線を考えていました。
銀次が湯船に浸かっている時に、蛮は洗い場で髪を洗っていて。それがスッゴイ勢いでわっしゃわっしゃ擦っているものだから、銀次が、
「蛮ちゃん、そんなに激しく洗うと禿げるよ…?」
「何だお前、それシャレのつもりかよ。だいたい、この無敵の俺様が禿げるわけねーだろうーがっ!」
「無敵とか関係ないよ、禿げには…」
みたいな感じの(笑)。他愛ないお話。
それなのに…、嗚呼、なぜこんなことに……(遠い目)。
折角1万ヒットだし、行くところまでいってみるか!なんて思ったのが運のつきでした。
ここまでのものを書くのははじめてですが、Hってめっさ難しいのね……。
己の力のなさを思い知るよい機会でした。
藤沢さん、ありがとうございました!そして、こんなのですみません〜。
2004.2.22