少し前から断続的に聴こえてくる音が気になる。
騒音ではない。耳を澄まさなければ聞き取れないほど微かな音だが、一度気がついてしまうと耳から離れなくなった。妙に神経がざわついて仕方がないのだ。
俺はボロアパートの窓から身を乗り出して、外を確かめた。
闇に目を凝らしてみれば、狭い道路の向こう側で白い猫が啼いていた。さらに目を凝らすと、猫の足元には小さな仔猫が寄り添っている。……………一匹だけ。
一目で理解した。
ああ、子どもを捜しているのか……。
親猫が子どもを探して必死に啼いている。
俺の吐く息が新宿の夜気に白く濁った。こんな寒い夜に親とはぐれてしまったら、か弱い命など一晩で消えてしまうだろう。
猫は啼き続けている。


…………こんな小さなケモノだって我が子を必死で呼ぶのに。


聴く者の胸を締め付ける声。悲痛な叫び。
「もう、諦めろよ……」
それだけ呼んでも出てこないのなら、仔猫はもうこの辺りにはいないのだ。
聴くに堪えられなくなって、窓を閉めようとした時。
「?!」
窓枠を握る俺の右手に、暖かいものが触れた。
見れば最近拾った金髪の男がそいつの左手を重ねていた。
「……何やってんの?」
「さむそうだったから」
淡々と告げられる。
「冬だから寒ぃのはあたりまえだろうが」
「……そうか」
僅かに首を傾いで返す、奇妙に整って人形じみた貌。しかし、その内側に言葉にはならない熱い塊を抱えているのを、俺は既に知っていた。
そいつの手がゆっくりと離れていく。
それがなんだか、酷く惜しいことに思えて、
「まあ、でも。テメーの手は意外とあったかいな」
思いのほか強く窓枠を握り締め、爪さえ立てていた俺の手は、確かに白く冷えていた。
いいンじゃねぇの?
手の甲に残る温もりを思い出しながら言ってやると、色の薄い瞳がゆっくりと瞬きをしてまた、そうか、と呟いた。
少し。
ほんの少しだけ、嬉しそうに。





今思えば。
本当は「さみしそうだったから」、と銀次は言いたかったんだろう。
それでも、銀次の手の暖かさに、その夜俺は猫の啼き声をすっかり忘れた。



こいつは覚えていないだろうけれど。

それは、まだ出会って間もない頃のこと。